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【俳句で終活】葬儀が詠み込まれた俳句と著名な俳人の辞世の句を紹介

日本の短詩文芸である俳句は、シンプルながら奥深い魅力を持っている。そして、俳句は長年の人生経験がにじみ出る「グランドカルチャー」の一つでもある。人生の生きがいとして、また終活の一環として自分の人生を俳句という形で書き残すこともできる。今回は俳句を通して葬儀・終活についてみていこう。


葬儀を詠み込んだ俳句を紹介

俳句には、人間のあらゆる営みが題材として表現されている。人生の締めくくりである葬儀も例外ではない。葬儀が詠み込まれた俳句を見てみよう。

『百日紅町内にまたお葬式』(池田澄子)
百日紅(さるすべり)は夏の季語。満開の花の華やかさと、知った人の葬儀が出る寂しさが対照的な情景を描いている。

『たいそうな葬式すんで秋高し』(仙田洋子)
こちらは秋の句。澄み切った高い空の描写が、思い切り泣きはらした後の爽やかな気分を表現しているようである。限られた字数の俳句では、心情を物に例えて表現することがある。

『葬式饅頭焼けてかうばし梅雨籠』(嶋屋都志郎)
梅雨の空気の湿度やまんじゅうの香りまで伝わってきそうな句である。外では故人を悼む涙のように雨が降り続け、一方で人は葬儀の参列者にふるまうために黙々とまんじゅうを作る・・・そんな風景が想像できる。

このように、葬式を詠んだ句には優れたものがある。短くて誰にでも作ることができ、心情をものに託して表現できる俳句は、喪失の悲しみや寂しさを昇華するのにはうってつけの文芸といえる。このほかにも「お彼岸」や「盂蘭盆会」など先祖を供養する仏事は季語にもなっている。


著名な俳人の辞世の句を紹介

近年では終活として、自分史をまとめたり、エンディングノートを書いたりして人生の終わりに備えることが増えている。実は俳句も、古くから終活とかかわりがある。それは「辞世の句」である。人がこの世を去る時に残す短歌や俳句を辞世の句という。その人の人生観が表れた辞世の句はまさに凝縮された自分史であり、終活の祖ともいえる。著名な俳人の辞世の句を見てみよう。

『旅に病んで夢は枯野をかけ廻る』(松尾芭蕉)
病床に臥せっていた芭蕉の句。病気になった自分の心細い心情を、どこか客観的に見ているようでもある。冬枯れの野原を思い浮かべて見た夢は、どんな夢だったのだろうか。

『露の世は露の世ながらさりながら』(小林一茶)
ひょうひょうとした作風で知られる一茶の辞世の句はリズムよく、どこかおかしみも感じさせる。

『もりもり盛りあがる雲へあゆむ』(種田山頭火)
旅に生きた自由律俳句の俳人山頭火。人生の最期まで雄大な自然を愛した人柄がうかがえる。


人生を表現する俳句

俳句は短いながら人生を表現できる文芸である。人生の節目や日々の生活を俳句として残したり、終活の一環としてあらかじめ辞世の句を残しておいたりとさまざまな活用ができる。皆さんもぜひ、俳句に親しんでみてはいかがだろうか。


ライター 佐々木

記事掲載日:2020/07/22

俳句トゥ ザ フューチャー

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