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古代から認識されていた体外離脱を脳のバグや魂の離脱以外の観点から考える

体外離脱体験(OBE=Out of Body Experience)はオカルト・スピリチュアル・精神世界といった分野ではおなじみのトピックである。この現象は魂の身体からの離脱を意味するか脳内現象に過ぎないのか議論は絶えない。しかしそのような議論以上に体外離脱体験の持つ意味について考えてみたい。なお体外離脱体験は「幽体離脱」という名称で知られているが、「幽体」の定義すら明らかでなく興味本位なオカルト現象的な印象が強い。また「体外離脱」は字面からも内容がわかりやすいためこちらで統一させて頂く。さらに後述するように筆者としては「体験」の2文字に強くこだわりたい。


体外離脱体験とは

体外離脱体験とは就寝中などに自分の意識が自身の身体から抜け出し宙に浮く(という感覚)などの主観的な状態を指す。宙に浮いて自分自身を見たり、近所をさまよったなどとする証言は多い。さらに広く世界や宇宙を飛び回ったとする人もいる。体内に帰還したあと覚醒し夢を見ていたと思う人もいれば、離脱中に見た光景が現実と一致していたことで体外離脱だったと主張する人もいる。オカルト話・都市伝説の類いには必ずといっていいほど入っているものだ。


古代インドでも体外離脱体験と思わしき絵が描かれている

体外離脱体験は古代より認識されていた。古代インドの絵には魂が身体を抜けていく様子が描かれているものがあるし、古代アステカ文明にはナワリズムという体外離脱技法が存在したという。またチベット密教には身体から魂を抜く「ポワ」の行法や、自らの分身である「虹の身体」を作るとされる技法がある。

史上最も有名な体外離脱者といえばエマヌエル・スヴェーデンボリ(1688〜1772)であろう。彼は体外離脱をして「霊界」を探訪したといい、神や霊の謎を知り独特のキリスト教神秘思想を説いた。ヘレン・ケラー(1880〜1968)が彼の思想に感銘を受け心酔したことは有名である。このような異世界へのトリップは現実の世界をさまようOBEとは区別され、アストラルプロジェクション(Astral Projection)と呼ばれている。


現代科学からの反論

神経外科医オラフ・ブランケ(ジュネーブ大学病院)は大脳右半球を電気刺激することで体外離脱体験を再現したと「ネイチャー」で発表している。また3Dで作成したバーチャルリアリティの自分を見せることで体外離脱と錯覚させる実験にも成功しており、これらのことからブランケは、体外離脱体験は自己の身体認知プロセスの混乱ではないかと推測を立てている。(越智啓太編・心理学ビジュアル百科より)。

特にこの錯覚実験は心理学者がよく使う手法である。リチャード・ワイズマンが説明するやり方を要約すると、両手をテーブルに乗せ、右手をずらし隣にゴム製の手を置き、右手とゴムの手の間に敷居を立てて右手を見えなくする。協力者に両方を数分間さすってもらうとゴムの手を自分の一部のように感じてしまうのである。

これらの実験が何を意味するかというと「『自分』は自分の体内にいる」という日常的な意識は脳が普段から様々な外界の情報を基に作りあげているものであるということだ。そのおかげで我々は自分が自分の中にいるという安定感の下で日常生活をおくることができる。それが疲労やストレスか、強烈な妄想か原因は様々だが脳に違う信号が送られたとき、「自分」が自分の体内にいられなくなる。つまり脳が身体を認知するプロセスが混乱する。体外離脱の正体はこの脳の混乱、脳のバグであるというのが科学者のおおよその見解である。


主観的な体験の説得力の凄さ

筆者は体外離脱なる現象が魂の離脱であるとか脳のバグであるとかの客観的な事実をめぐる議論には関心がない。それよりこの体験がいかに人格的な意識の変容をもたらすか、死生観にどう影響を与えるかの方が重要であると考える。

主観的体験が、客観的事実が提示する説得力を凌駕し自身の人生に与えることは少なくない。先述のスヴェーデンボリやヘレンケラーもそうであるが、体外離脱体験で人生観が変わったと言う人は多い。例えば「ガイド」の存在である。体外離脱をして、より次元の高い世界に行くと、我々の意識が進化、成長するように諭してくれる高次の存在と会えるという。深層意識の反映など深層心理学的に解釈できそうな話ではあるが、真実はともかくそのような体験をすれば確かに世界観は大きく変わりそうである。


オウム事件は負の事例となった

負の事例になるが主観的体験がいかに強力かはオウム事件でも明らかだ。オウム真理教は元々ヨガを修練する集まりで、瞑想により変性意識状態に導く技術に長けていたようである。理系エリートも多かった信者がオウムの教理に心酔したのは教祖の教えに従った結果、神秘的な現象を直接「体験」したからである。自分を神秘体験に導いてくれた教祖に心酔したのであって、教祖が空中に浮くなどという客観的事実(とされる)だけではそこまで心に響くことはないだろう。そんなことを目撃したところでスプーン曲げとさして変わらない。驚きや感動は一夜で醒めるだろう。しかし体験はそうはいかない。教祖の教えや奇跡以上に影響を及ぼしたのが直接主観的な神秘「体験」であった。


ヘミ・シンク

危険な一面もある宗教的要素を除いた工学的なアプローチがある。ロバート・モンロー(1915〜95)という超心理学の研究者は「ヘミ・シンク」という音響技術を開発した。ヘッドフォンを用いて左右の耳に異なる周波数の音を聴かせると、脳幹で統合され左右の周波数に差が生まれて第3の音「バイノーラルビート」として感知される。これは脳波として検出されるオカルトでもなんでもない生理現象だが、この脳波は脳が非常にリラックスした状態に発する。そしてバイロケーション(Bilocation)と呼ばれるいわゆる変性意識状態を生み出し体外離脱を誘導するというものだ。離脱体験が心霊・脳内いずれか現象であろうと、なんらかの主観的体験を実現しやすくなるのは確かだろう。

この体験を例えば末期患者へのスピリチュアル・ケアや遺族のグリーフワークに使うことはできないだろうか。実際にヘミ・シンクのCDには終末期患者のためのものが提供されている。体外離脱体験をすることで死の向こう側を実感でき、安らかな気持ちで旅立つことが期待できるという。


実用的視点で考える

体外離脱はオカルトやスピリチュアルに関心のある人間にとっては一度は体験したい現象である。しかしこうした世界に憧れを抱くのは、現実社会で満たされず逃避したいという願望が大きい。そのような後ろ向きな理由でまさに地に足のついていない真似をするのは精神的に極めて危険である。そうしたリスクを考慮した上で、死に直面している人や喪失感に苛まれている遺族が、正しく安全な方法で「死の向こう側」を体験できるなら研究する価値は大いにあるだろう。体外離脱体験は都市伝説やカルト宗教、脳内現象などで片付けるにはもったいない現象なのである。


参考資料

■越智啓太編「心理学ビジュアル百科―基本から研究の最前線まで」創元社(2016)
■リチャード・ワイズマン著/木村弘江訳「超常現象の科学 なぜ人は幽霊が見えるのか」文藝春秋(2012)
■坂本政道「『臨死体験』を超える死後体験」ハート出版(2003)


ライター 渡邉 昇
空中浮遊

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