人は「死」のようなどうしようもない極限状態に触れた時、知識や知性、論理の限界を知ることになる。そして「知」を超えた「救い」を求めていく。現代の「知」の基礎を作り上げた、古代ギリシャ、その後継であるローマ世界でもそれは同じことだった。
「知」を極めた地中海世界とキリスト教受容の謎
地中海に栄えた古代ギリシャ・ローマ世界の文化は、世界史史上、奇跡といえるほどの学問、芸術が花開いた。当時のオリエント世界(エジプトやメソポタミア)の学問は、主に王権や宗教(神の意志)と結びついていた。だが当時のギリシャ人は、自然現象や万物の起源、人間の営みなどを「人間の理性(ロゴス)で説明できる普遍的な法則」として捉え直した。哲学、数学、物理学…それは「神話」からの脱却であった。それまでの、すべての原因や起源を、神々や精霊に求める「神話」の世界観から、人間の「理性(ロゴス)」に基づいて世界を理解しようとしたのである。文学や芸術も同様で、ギリシャの文学・芸術は人間を中心に据えた人間中心主義だった。彼らが描く神々は極めて人間臭い。彫刻でいえば、ミロのヴィーナスに見られるように、人間の肉体の理想的な美しさを追求した。演劇なら、悲劇や喜劇を通じて、人間の感情や運命の不条理を深く見つめた。
続くローマの文化は、ギリシャ文化を受け継ぎつつ、精密や理論や美の探求より、現実的実用性を重視した。コロッセオなどの建築物とパルテノン神殿を比較すれば、前者の無骨な頑丈性と、後者の彫刻的な美しさが一目瞭然である。また、現代のヨーロッパ法や日本の民法の基礎になっている「ローマ法」など、方向性は異なっても、ギリシャ・ローマの隆盛は、現代の科学・文化・政治の基礎を作り上げた稀有な現象といえる。しかし、この後、キリスト教がローマ帝国に普及し、紆余曲折を経て国教にまで至る。「神の子」「奇跡」「復活」…「知」とは相容れない荒唐無稽な宗教の受容は神話へ、逆もどりしただけではないのか。
神託と理性の共存、そして「死」を前にした論理の限界
「神話からの脱却」が始まった一方で、ギリシャ神話や、神託(アポロンやデルフォイの神託など)もまた、民衆の生活では両立していた。現代の視点から見ると「理性の誕生=宗教の否定」と考えがちだが、古代ギリシャ人にとって、これらは対立するものではなく、世界の真理にアプローチするための、異なるふたつの方法だった。ソクラテスが「デルフォイの神託」を重視していたことはよく知られている。ソクラテスが自分は何も知らない「無知の知」という探求を始めたきっかけは、「ソクラテス以上の知者はいない」という神託を受け取ったからだった。彼は「神の言うことが真実なら、どういう意味なのか」と疑問に思い、街の人々と議論を始めた。理性や哲学を発達させる動機そのものが、神託という宗教的な体験と深く結びついていたのである。
だが、ギリシャの神々は、キリスト教やイスラム教のような一神教の神とは異なる。ギリシャ神話には人間のように嫉妬し、浮気をし、失敗もする、等身大の存在としての神々の物語が綴られている。彼らは自然現象の原因であり、万物の起源の象徴であった。しかし、そこに迷える人間がすがる「救い」は存在しない。人間がギリギリのところで手を伸ばすのは「知」ではなく「救い」であるはずだ。真理を知る知識や論理では満たされないものがある。その究極が「死」の問題だろう。ソクラテスは死後も人間の魂は不滅であることと、死後の世界の実在を論理的に証明した(プラトン「パイドン」など)。その論理は精密で知性が納得するものはある。しかし、実際に死んだことがない以上は机上の理論に過ぎないともいえる。一方、キリスト教が示す神の存在も実際には証明できない。だが聖書が示す「無からの創造主」「神の子の奇跡」には、淡々と死後の運命を立証するソクラテスの論理にはないダイナミズムがあった。ソクラテス自身が「無知の知」を探求したように、人間はすべてを知ることはできない。その人間が打ち立てた論理には究極の地点で依存することはできないのだ。論理では救われない、迷い、悩みを抱える人間たちの前に「神の子」は降臨したのである。
「一者」の探求:新プラトン主義が切り拓いたキリスト教受容の下地
どれほど「救い」を求める心性があったとしても、ギリシャ文化の後継者を自認するローマ人が簡単にキリスト教を受け入れたわけではない。そこには政治的な思惑があり、布教に至る様々な受難もあった。本稿のテーマは、知性と論理の極限ともいえるギリシャの学問が、キリスト教のような「荒唐無稽」な物語をなぜ受け入れたかということだが、これには土壌があったのである。
哲学史ではギリシャ哲学はプロティノス(205頃〜270)の思想、「新プラトン主義」がひとつの到達点と見なされることが多い。そのためプロティノスはプラトン、アリストテレスと並ぶ3大哲学者と呼ばれる。プロティノスは、世界の根本原理として、あらゆる存在の源泉であり、言葉や理性を超越した絶対的な存在「一者(ト・ヘン)」を唱えた。世界のすべては「一者」から流出するという。このプロティノスの「流出説」により、多神教的、または論理偏重だったギリシャ哲学は、「究極の唯一神的な存在への帰依」という神秘主義的な方向へと収斂していった。「唯一の絶対者からすべてが流出し、万物はそこへ還っていく」という世界観は、キリスト教の「唯一神による創造」や「神への回帰」という教義と親和性が高い。これがキリスト教がヨーロッパ全域に受け入れられ、体系的な教理(神学)へと発展していくための極めて強力な「下地(思想的土壌)」となった。実際、初期キリスト教の神学者たち(教父)は、プロティノスの思想を積極的に取り入れることになる。ギリシャ・ローマ世界は神話を脱却し、非神話化を経て、信仰を理論で固めることにより、キリスト教が提示する、知性の果ての超知性を受容したのであった。
「超知性」の歴史が問う神無き時代の救いとAIの未来
古代ギリシャ・ローマ世界が「おとぎ話」にも見えるキリスト教に舵を切ったのには、様々な要因があった。そのひとつに人間が知性や論理を超えた絶対的な存在に救いを求める心性があると思われる。日常生活を支える理性、知性、論理。しかしそれらは「死」に代表される、自身や親しい人に襲いかかる実存的苦悩に対しては無力である。今回概観した歴史は現代社会にも通じるものがある。知性、論理では満たされない「救い」を提供する「超知性」に、例えば進化の著しいAIならなれるだろうか。神無き時代の救いの答えはまだ出ていない。
参考資料
■細谷恒夫編「哲学史要説」金港堂(1989)
■嘉吉純夫/斎藤隆編「西洋思想の要諦周覧」北樹出版(1994)
■小林利裕・荻原樂「西洋古代・中世哲学者」日本大学(1996)



























