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漫画「あしたのジョー」の大人気キャラクター「力石徹」の実際に行われた葬儀

日本の漫画やアニメは、今や世界中に通用する日本を代表する文化である。その文化の原点となった時代は、1960年代から1980年代前半だろう。

巨人の星、宇宙戦艦ヤマト、銀河鉄道999、そして機動戦士ガンダムなど、日本の漫画・アニメ史に残る超大作が、この時代に次々と誕生した。そんな数ある名作の中で、日本の漫画・アニメ史上初めて、登場人物の葬儀が実際に行われた作品がある。それが「あしたのジョー」だ。


漫画「あしたのジョー」とは

1968年に連載がスタートした「あしたのジョー」は、天涯孤独の不良少年矢吹丈と、ジョーのボクサーとしての素質に惚れ込んだアル中の元プロボクサー丹下段平が、二人三脚でボクシング人生を歩んで行く物語だ。

犯罪に手を染め鑑別所送りになったジョーに、段平は毎日ボクシングの技術を指南するハガキを送る。そのハガキのタイトルは「あしたのために」。そしてそのジョーの最大のライバルとして登場するのが力石徹である。


主人公ジョーとライバル力石徹の出会い

ジョーは鑑別所の後に送られた少年院で力石と出会う。そこで力石にコテンパンに打ちのめされ、その後、力石へのリベンジを心に誓う。少年院から出てお互いプロボクサーになるが、力石はフェザー級、ジョーはバンタム級であり対戦する事は出来なかった。しかし、ジョーと同様お互いの再戦を望んでいた力石は、そこから壮絶な減量に挑み、体重をバンタム級まで落としてジョーとの試合を実現する。

試合は力石の勝利で決着した。そして、お互いの健闘を讃え握手を交わそうとした瞬間、力石はマット倒れこみ、そのまま帰らぬ人となった。死因は、ジョーが放ったテンプルへの一撃だった。


実際に行われた力石徹の葬儀

「あしたのジョー」連載中、力石が死んだ時点で、主人公ジョーよりライバル力石の方が人気が上回っていたと言う。それは、命がけの減量に挑んでまでジョーとの試合を実現したストイックさと、その無口でクールな内面に燃える熱い情熱が、読者の心を打ったからだろう。

そんな力石人気が絶頂にあった事もあいまってか、1970年3月24日、力石徹の葬儀が講談社講堂で執り行われた。祭壇と遺影が置かれた会場には本物のお坊さんによる読経が流れ、お焼香も行われるという本格的なものであり、大勢のファンが参加した。

しかし、この葬儀は劇団「天井桟敷」を主催する寺山修司の発案によるものであり、寺山修司の1人芝居のような弔辞、尾藤イサオによるアニメ主題歌のライブ、設置されたリングでの模擬試合など、構成、演出もしっかりと考えられていた。また、アニメ放映のスタートも決定していたため、この葬儀は、実質はその番宣のためのファンイベントだったのだ。とはいえ、当時の新聞やニュースにも取り上げられたこの葬儀は、いかに「あしたのジョー」が幅広い年齢層の人々の関心を呼び、ブームを巻き起こしていたかを象徴している。


「あしたのジョー」が愛され続ける理由

今年2018年は「あしたのジョー」連載開始から50周年に当たる年だった。

この50年間「あしたのジョー」は、何度となく映画化され、愛され続けている。「あしたのジョー」はボクシングを扱った作品であるが、それと同時に若者の孤独、友情、挫折、再生といった普遍的なテーマが描かれた青春物語である。

そして何より「真っ白に燃え尽きる」まで自分を賭けて命を燃焼させるジョーの姿に、いつの時代の人間も憧れを抱くのではないだろうか。


ライター 岡倉

photo by Warner Huang

力石徹 103,995円

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