葬儀には、しばしば音楽が用いられる。なかでも、人気が高い音楽として「レクイエム」と呼ばれるものがある。モーツァルトがレクイエムの作曲途中に死に、未完となった話は耳にしたことがあるのではないか。
ところで、日本でレクイエムは「鎮魂曲」と訳されることが多いのだが、実はそれが誤りであることをご存知だろうか。その理由を、歴史と共に紐解いていく。
レクイエムと鎮魂曲は意味が異なる
そもそもレクイエムは、死者の永遠の安息…つまり昇天を神に祈るカトリックのミサである。音楽の世界では、典礼の儀式の一部分に曲をつけたものがレクイエムとされている。
逆に、鎮魂は本来神道の用語で、生きた身体から魂が抜けださないように身体を鎮めることを指す。
死者の昇天を神に祈るのが本来のレクイエムの意味であり、死者の魂を鎮める鎮魂とは全く意味が異なっているのだ。
レクイエムが鎮魂曲と誤訳された決定的なきっかけ
モーツァルトのレクイエムが日本で初めて公演されたのは、1926年(大正15年)のことだ。
そして、その直前の1925年(大正14年)に、音楽学者の辻荘一氏より「音楽小話 モツアルトの最後と鎮魂曲」という所記が発表された。
この所記が、「鎮魂曲」という表記を用いた最古の使用例だといわれている。当時の日本では、レクイエムの本来の趣旨は知られていなかった可能性が非常に高い。そのため、レクイエムが「鎮魂曲」としてコンサートホールで演奏され続け、誤解が広まったのだろう。
現在も残り続ける「レクイエム=鎮魂曲」というすれ違い
その後、1955年(昭和30年)ごろから、「レクイエムが鎮魂曲と訳されているのは適当とはいえない」という指摘が広まった。すると、クラシック音楽業界では「鎮魂曲」という表記を控えるようになってきた。しかし、日本ではミサをする文化がほとんどない。
ということで、民衆の間では「レクイエム=鎮魂曲」という誤解が現在でも残り、クラシック音楽業界とすれ違ったままとなっている。