落雁とは?
落雁とはお盆などで、お仏壇やお墓にお供えする和菓子の事です。
落雁の起源は古く、中国の元時代に西アジアの方から伝来したとされています。それが日本に伝わったのは、室町時代とされていて、この後から今の落雁へと改良がされていきます。しかし、何故、落雁がお供え物として使われるようになったのでしょうか。
そもそもお供え物は、祖先が転生先で苦労をしないように供養するのが目的です。お供え物も甘いものがいいとされているので、砂糖が貴重な時代には、果物などがお供えされていました。しかし、果物は痛んでしまって虫が湧いてしまうというデメリットもあります。そこで、当時は身分の高い人しか口にする事の出来なかった、高級なお菓子の落雁が使われるようになったと思われます。
お菓子であれば、傷んで虫が湧くことも無く、落雁は高級品であるために、供物に適しているとされたのでしょう。また、型にはめて作るお菓子ですので、蓮の花の形や果物の形のものなど様々な落雁があります。
特に蓮の花は、仏教においても特別な意味のあるお花ですので、お供えものとしての意味合いが強いものです。
生モノの変わりにこの落雁を使用するご家庭も多いと思います。落雁はお供え物の中でも、とても伝統のあるお菓子です。長い歴史の中で、様々な人がお供えしてきた物だと思うと、とても感慨深いものでもありますね。
落雁の豆知識:日本の三大銘菓になった落雁
日本に伝わった落雁は、地方によって進化を遂げ、日本の三大銘菓となりました。江戸時代、加賀藩では製菓事業で奨励策を取ります。この奨励策により金沢市では、落雁の製造に磨きがかかりました。石川県金沢市の森八で作られる落雁「長生殿」は落雁の最高級品とされ、徳川将軍家や宮内庁に献上される伝統的なお菓子となりました。
一方、新潟県長岡市の大和屋では、越乃雪という落雁が誕生します。越後産のみじん粉と和三盆を型にはめて作る落雁です。当時、長岡藩藩主だった牧野忠精が、病気で伏せている時に、大和屋庄左衛門がこの落雁の原型になるものお見舞いで献上しました。この落雁の味を大層気に入った藩主は、越乃雪という銘を与えたといいます。越路の山々に降る雪に例えて付けたものだと言われています。
また、松枝藩では、7代藩主の松平治郷が新しい落雁を考案します。治郷が詠んだ句から山川と命名された落雁は、割った時の凹凸が山と川に見える事からこの名前がつけられました。また紅白の色合いが、紅葉と川のせせらぎを表現しているとも言われています。
こうして落雁として伝わったお菓子が、日本三代銘菓として、数百年もの間伝統のお菓子として親しまれることになるのです。落雁は、お供え物としても重宝されていますが、日本の伝統的和菓子でもあり、日本人の情緒豊かな心を表した和菓子でもあります。