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仏教を由来としている「火葬」だが、必ずしもそうとはいいきれないという話

日本も含め、東アジアで行われる火葬、特に近代になる前に行われた火葬は、仏教信仰に由来すると一般的にいわれている。しかし、これまた日本も含めてであるが、東アジア諸地域で古くから行われた火葬は、実は必ずしも仏教と関係があるとはいえないのである。また、今回は割愛するが、仏教を深く信仰した人物が、火葬を否定的に捉えていたケースも、実は少なくない。

「遺産は無理だがせめて生命保険金を愛人に遺す」とした場合の相続上の損失

人によっては、踏んだり蹴ったりの状況になる相続がある。それは、被相続人に愛人が居て、その愛人を受取人とし、被相続人が契約者として生命保険契約を締結していた場合だ。被相続人が男性であれ、女性であれ前述の要件に該当すれば悲惨な状況を招く可能性がある。


初めて人形供養祭に行ってきた。そこで知った魂抜きという儀式について。

去年11月に人形供養祭というものに初めて参加した。理由は自宅にある人形やこけし、ぬいぐるみなど、ゲームセンターでゲットしたものも含めると相当数になっていたからである。最近はごみの分別にも四苦八苦する。特に燃えるゴミと燃えないゴミがひとつとなっている人形は厄介である。「当然目玉は燃えないゴミなのでくりぬいてから捨ててください」などと言われてもやれっこない。そもそも人形はヒトガタ、つまり自分に降りかかってくる災いを人形が身代わりになってくれる意味合いが強いのだ。また、幼少の頃、枕元に置いて抱っこしながら寝についた人も多い事だろう。そのような愛着のある人形をどうして町のごみと一緒に捨てられよう。

民俗学者の折口信夫が記した「死者の書」に勇気づけられた劇作家の加藤道夫

内閣府自殺対策推進室・警視庁生活安全局生活安全企画課の調査によると、平成27年の日本国内の自殺者の総数は24025人。その内、男性が16681人。全体の16.9%が40代で4069人、次いで16.6%の50代が3979人、16.5%の60代が3973人、14.4%の70代が3451人。自殺者の59.6%が無職。自殺の原因・動機として、残された遺書などによると、健康問題が12145人、経済・生活問題が4082人、家庭問題が3649人、勤務問題が2159人という。


民俗学者の折口信夫(1887〜1953)が記した「死者の書」について

詩人・歌人の釈迢空、そして民俗学者の折口信夫(1887〜1953)が記した『死者の書』(1943・昭和18年)という作品がある。
752年の東大寺大仏開眼(かいげん)当時の奈良を舞台とする本作は、不本意な死を遂げた後、50年の時を経て、墓所の中からよみがえった滋賀津彦(しがつひこ)と、祖先の霊に仕える斎姫(いつきひめ、巫女・神の嫁)として育てられていた藤原南家(なんけ)郎女(いらつめ)が神秘的な出会いをなし、最終的に郎女を含めた世界全体が、阿弥陀浄土へと昇華していく、とても難解で不思議な物語だ。

モンゴルの葬儀では生命を自然にお還しする「風葬」が最も行われている

日本人横綱『稀勢の里』誕生。しかしそれまで角界を支えてきたのは外国人力士、特にモンゴル勢だといっても過言ではないしょう。彼らは顔立ちも私たちとよく似ていて、特に赤ちゃんのお尻にある青い痣のようなものはモンゴルの古い言い方を取った蒙古斑と呼ばれ、まるで親戚のような親しみを感じさせる人々です。


相続に強い税理士どうかどうかを見抜く3つの質問

終活を進めて行くに従って、様々な問題に直面するはずだ。その時点で、自分達のみで考えず専門家に相談した方が遥かに効率は良い。当然費用も掛かるが、適切な解決策を明快に提示し、速やかに問題に対処して貰えるのだから、費用対効果を考えれば専門家に相談するのが最善策だろう。

今となっては廃れてしまったが「仏の足」は釈迦の象徴であり礼拝対象だった

日本人になじみ深い和歌、例えば小倉百人一首の中納言家持(大伴家持)を紹介する。

「鵲の渡せる橋に置く霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける」
(七夕の日、牽牛と織姫を逢わせるために、かささぎが翼を広げて渡した橋のように見える宮中の橋に霜がおりているのを見ると、夜がずいぶん更けたのだなあと思わされる)

これは五・七・五・七・七、すなわち合計31文字で構成された短歌である。和歌のうち、短歌が最も多く詠まれたものだが、異なった文字数・構成で歌われた歌もある。「ほとけの足の石の歌」と書いて、「仏足石歌(ぶっそくせっか)」と呼ばれるものだ。


沖縄に伝わる「アジクェーグヮンス」 別名「預かり位牌」とは?

筆者が執筆した記事で「無縁仏」という言葉を使う場合、引用文以外は極力括弧を付けて書き、更にはできるだけ「どのような意味合いか」の注釈を付けるようにしている。 なぜ、このような表現にするかというと、この「無縁仏」という言葉は、実は時代的宗教的な背景、あるいは時と場合によって、かなり違う意味合いになってきた歴史があるからである。更にいうと、そもそも本来の仏教に由来する概念ですらない。

敵対勢力に対する「墓所の破壊や冒涜」という反抗手段が歴史上存在した

特に近畿地方を中心とした地域に残る、安土桃山時代の幾つかの城の石垣の中には、古い墓石や石仏・石碑などを石材として使ったものがみられる。石材とされた墓石・石仏・石碑などを「転用石」と呼ぶ。こうした風習の理由として、俗に「敵方の墓石を没収したことの誇示」説がよくいわれる。つまり、敵方の死者を侮辱する意味があったのではないか、というイメージが強いわけである。


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