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「駐車場やコインパーキングの経営」から考える相続税対策

最近、駅前の一等地や住宅街の一角に、コインパーキングが増えてきているように見受けられる。実はコインパーキングに限らず、月極駐車場も含めると貸駐車場は相続税対策に有効な手段であることをご存じだろうか。今回は、相続税対策としての貸駐車場について綴ってみたい。

奇跡や希望、復興、力強さ、粘り強さなどを象徴する陸前高田市の一本松

2011(平成23)年3月11日に起こった東日本大震災での地震や津波によって、陸前高田市気仙町の7万本にも及ぶ高田松原(たかたまつばら)の松は海に流されてしまった。しかしただ1本だけ、残った。その「奇跡の一本松」に多くの人々が驚嘆し、その力強さに勇気づけられたはずである。


「孫を養子にした相続税対策は有効」という判決から考える今後の孫と相続

平成29年1月31日最高裁判所において、相続税の節税対策として、自身の孫を養子縁組することについて、養子縁組は有効との判決を下した。このニュースを目にされた方も多いのではないだろうか。裁判の経緯は省略するが、筆者としては結構画期的な判決ではないかと考えている。

「結婚式」と「葬式」は対称的かのように思える一方で実は共通点も多い

伊藤幸男の小説「野菊の花」を映画化した「野菊のごとき君なりき」を見たことがあります。そこでは、女主人公が嫁ぐ際に、黒い留め袖に角隠し姿だったことに『お嫁さんが白を着ていない!』と驚きました。私の中で昭和後期の花嫁さんは白無垢が常識と刷り込まれていたのでしょう。明治から昭和にかけて活躍した女流画家 上村松園に『人生の花』という嫁ぐ女性を描いた作品があります。その花嫁もまた黒い振り袖でした。この時代、庶民は黒っぽい着物で嫁ぐのが普通だったのです。そして喪服はというと、なんと白が着られていました。明治から昭和の初期にかけての花嫁衣装と喪服は、現在と全く逆だったのです。


お坊さんにはどうやってなるの?給与は幾ら?副業はOK?転職は?

最近ではテレビ番組などでお坊さんにまつわるエピソードを紹介する番組があり、お坊さんの生態については広く知られるようになってきた。なかでも、お坊さんになるには、仏教系の大学を卒業し実家を継ぐか、他のお寺へ「就職する」と言う事は多くの人が知っている事だろう。そこで、最近のお坊さんの「就活・収入・副業・転職」について調べてみた。

【骨壷の歴史】骨壷はいつ生まれた?どんな素材があった?普及した理由は?

東京の品川区立品川歴史館に、常滑(とこなめ)焼の大甕が所蔵されている。この大甕は品川・御殿山(ごてんやま)が切り崩される以前に、山頂南側斜面に建っていた屋敷内に長らく放置されていたものだった。1980(昭和55)年頃、地域の開発計画があり、東京都と品川区の文化財担当者がその屋敷を訪問した際に譲り受けたものだという。大甕のサイズや形状を精査した結果、1450〜1500年頃につくられたものだと判明した。


クリスチャン同士で国際結婚をしたハトコと、葬儀における宗教上の問題

実母の従妹が亡くなった時のこと、母にとっては若すぎる従妹の死そのものですでに打ちひしがれていたというのに、喪主にあたる夫婦の態度で母も身内も激怒。何故かというなら、喪主はアメリカ人とその妻(私の再従姉(はとこ))でクリスチャンだったからです。

アメリカ人と結婚したしたハトコはクリスチャン夫婦

元銀行員が明かす「死後、銀行口座が凍結される具体的なキッカケ」とは?

銀行に勤めていたとき、個人のお客様の間で、まことしやかに囁かれていた妙な噂を幾度か耳にしたことがあった。誰でも死亡したあと、銀行に預けてあるお金はどうなってしまうのか心配だろう。しかも自分のお金であるにもかかわらず、死んだらすぐに出金できないのは理不尽この上ないではないか。と、それは誰しもがもっている不満である。もちろん、その手続きを行っている銀行員ですら、納得してそれらの事務処理を行っているわけではないことを、ここで言い訳がましく断っておこう。


死体写真は残酷なのか

インターネットの普及によって今日の我々は、血まみれ、そして人の原型をとどめないほどの無残な死体写真を見ようと思えば、いくらでも好きなだけ、見ることができる状況になっている。1981年に創刊され、現在は休刊中の写真週刊誌『FOCUS』(新潮社)に、「死体写真」を掲載した写真家がいた。バブル経済に向かいつつある、高揚した1980年代の日本が「捨て去ろうとしているもの」を写した『東京漂流』などで知られる藤原新也(1944〜)だ。

めでたい席には赤飯!なのに葬式に赤飯を出す地域があるって本当?

出雲大社のおひざ元、島根県のお葬式が少し変わっていると聞きました。特に一番びっくりしたのはお葬式にお赤飯を出すということでした。お葬式や法事、お盆にはおこわを出すところは、各地にあります。しかしそれは白や醤油で味付けしたもち米に黒豆やインゲン豆を入れたりしたもので、北海道では『黒飯』、金沢では『みたま』と呼ばれて、東京近辺では見かけないものの、全国各地でおこわは良く振舞われています。つまりおめでたい時に出される『お赤飯』とは、どこでもちゃんと区別があって不祝儀の時は不祝儀用のおこわを用いるものなのだと信じ込んでいたのです。


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