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「相続税対策の王道 生命保険の活用」を解説

相続税対策として最も実施されているもの、それは生前贈与だ。では、次点で実施されているものは何だろうか。以前は普通養子縁組や小規模宅地の特例の適用であったが、最近の傾向だと生命保険の加入だとされている。今回は、相続税対策と生命保険について簡単に解説してみよう。

息を引き取るその瞬間まで粘り強く残る生への執着と拒否され続ける死

臨終に際して行われ死後の極楽往生を願う看病を「臨終行儀」といい、死者の枕頭で仏典を誦して死後の安楽を祈る「枕経」などが行われる。この枕経、現代では通夜の場や火葬場などで誦されることが多い。本来は死者ではなく、 旅立とうとする人に死後の案内を講義するものであり、死者に誦するのは本来の枕経とはいえない。医療と宗教が乖離する現代において枕経=臨終行儀の意義は失われつつある。


死や葬儀を取り扱ったガス・ヴァン・サント監督の「永遠の僕たち」を観た

台風21号が上陸して、一歩も外に出かけられないので、久しぶりに映画を見ようと思い、折角なので葬儀に関わる作品を探してみた。伊丹十三監督の「お葬式」、滝田洋二郎監督の「おくりびと」など、葬儀関連の映画は多々あるが、どれもあまりに有名だ。もっと心惹かれる作品はないものかと探していたら、一つ、気になる作品があった。2011年公開、ガス・ヴァン・サント監督の「永遠の僕たち(原題:Restless)」。ガス・ヴァン・サント監督とお葬式、それだけで充分興味深い。早速観てみる事にした。

エンディングノートも悪くはないが、大切なことは何を遺しどう伝えるか

エンディングノートと聞いて、基本的に紙媒体をイメージする方は多いかも知れない。内容はというと「遺産やその分配、遺言、パソコンのパスワードの通達」などが主なものになる。しかしこれらの項目を埋めても、埋まらない何かを感じる方もいるかもしれない。文字や図だけで伝えられない想いがあるなら、プロのカメラマンを連れて家族旅行など如何だろうか。というのも、エンディングノートは何も文字だけに留まらないからだ。映像や音声を通した想いの伝え方もありうる。


相続税対策として有効な生前贈与は改正された相続税法でどう変わる?

平成27年に相続税の実質的な増税が実施。更に今年7月に相続税に関係のある民法が改正。これらを踏まえると、今まで有効だった相続税対策に、一定の制限が設けられたため、相続税対策を練り直さなくてはならなくなった。一方で制限そのものが緩和されるか、新たに規定が設けられることによって、税務上において救済措置が実施されることにもなった。飴と鞭と言えば聞こえは良いのかもしれないが、対応を誤ると鞭と鞭になり兼ねない。相続税対策として最も一般的に実施されているものは生前贈与だ。今回は、前述の改正点と生前贈与について簡単に解説してみよう。

日露戦争で送還されず亡くなったロシア兵捕虜に対して行われた葬儀の形式

昔、近所に住んでいた明治生まれのお婆さんが、こんな事を言っていた。「日露戦争の時は、ロシアの捕虜がこの道をよお連れて行かれおった」それを聞いて私は、うなだれながら日本兵に連行されて行く捕虜達の姿と、彼らのその後の悲しい運命を想像していた。「捕虜」と聞くと、やはり誰もがそういったイメージを抱くのではないだろうか。しかし、世の中が世界大戦の時代へと突入する寸前の日露戦争の頃、その構図には大きな違いがあった事を、皆さんはご存知だろうか。


相続放棄したら祭祀財産も放棄され、墓守としての責任も消失?

最近、墓じまいに関するトラブルが多く報道されている。そのトラブルとは、墓じまいの際にお寺やお墓の管理人に支払うお布施としての離檀料や墓石の撤去処分費用に莫大な金額を請求される場合、親族間にて感情的な対立が発生する場合が多いらしい。トラブルを解決するためには、事前に親族同士で話し合い、お寺とも協議していくべきであると考える。その他に墓じまいに関して誤解されることが多い問題がある。それは相続との関係だ。今回は墓じまいと相続について触れてみたい。

三池炭鉱で亡くなった囚人労働者とその埋葬地にまつわる「幽霊橋」

1997(平成9)年3月30日まで稼働し、2015(平成27)年7月4日に、ユネスコの世界遺産、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」のひとつに選ばれた、福岡県大牟田(おおむた)市、柳川(やながわ)市、そして熊本県荒尾(あらお)市にまたがる巨大炭鉱・三井三池(みいけ)炭鉱にまつわる、『幽霊橋』という話がある。


短期間で連続して行われるお盆とお彼岸の関係性や意義を考えてみた

今年のお盆は、不安定な天気やそれまでの猛暑による疲れなどで、過ごしやすいとは言い難い人達もいたのではないだろうか。お盆と先祖の供養は切り離せないほどセットになって世間に認知されている。お盆が過ぎたと思ったらやってくるお彼岸も、先祖の供養が行われる習慣があるが、お盆の時期ほど目立った行事ごとの話は聞かない。行っていることは同じようにも見えるこのような供養の行事が短期間の中で続いている。それぞれどのような意味合いがあるのだろうか。

原爆被爆都市の長崎が「祈りの長崎」といわれる二つの理由

被爆都市の広島、長崎について、俗に「怒りの広島 祈りの長崎」と言われる。「怒りの広島」は難しい話ではない。「原爆許すまじ」という憤りを感じるそのままの意味であろう。原爆といえばまず広島であり、最大の被爆モニュメント 原爆ドームを連想する人は多い。これに対し長崎はかなり地味な印象がある。同じ被爆都市として核兵器の悲惨さを伝え、核の廃止と平和を訴える使命があるはずだが、長崎は広島に比べて静かな印象だ。この静けさと、キリスト教都市のイメージは「祈りの長崎」にふさわしいといえるが、「祈りの長崎」には、具体的には2つのキーワードがあると思われる。「浦上燔祭(はんさい)説」と、失われた旧浦上天主堂である。


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