経典とは?
経典にはまず、「けいてん」「きょうてん」という二通りの読み方があります。それぞれの読み方によって意味がわずかに異なる言葉が、経典です。
けいてん、と読む場合は、単に聖人や歴史上の賢人が書いた本、という意味になります。ここでの意味では「聖人」と呼ばれる仏陀やキリスト、マホメットなどの言葉をまとめた書物、聖書やコーランなども全くの間違いではないのですが、どちらかというと儒教などの思想史における古典を指すことが多いようです。例えば孔子の「論語」や孟子の言葉を弟子たちがまとめた「孟子」など、一般的に「四書五経」と呼ばれる、「大学」・「中庸」・「論語」・「孟子」といった四書、それから「易経」・「詩経」・「書経」・「礼記」・「春秋」と呼ばれる五経がよく引き合いに出されます。
ニュアンスとしては、宗教書というより思想的なマニュアル書といった意味合いを持つのが、経典(けいてん)です。
一方、きょうてん、と読む場合は宗教的な意味合いがあります。特に仏教における教えを書いたものや、お経を指すことが多いようです。とはいえ本来の言葉の意味としては「宗教的な教えや決まり事を書いた、基本的な書物」を指しているので、聖書やコーランなどがこちらの経典(きょうてん)に含まれます。
日本語訳されている主な仏教の経典(きょうてん)には、「パーリ大仏典」(南伝大蔵経)・「新国訳大蔵経」「国訳一切経」がありますが、一般に「経典」というと、仏教での教えを書いたお経全般を指すようです。
経典の豆知識:葬儀で読まれる経典、こんな意味だった?
仏教の経典は実にたくさんの種類があります。例えば先述の「国訳一切経」は一冊の書物ではありません。日本語訳で全255巻257冊という膨大な量です。とはいえ修行中の僧侶や仏教の研究者でない限り、なかなか膨大な書物に触れる機会はないでしょう。
そこでもっと一般的な、葬儀の際によく読まれる経典を少し紹介します。宗派によっても若干異なりますが、まず多いのは「般若心経」でしょう。般若心経は日蓮宗や浄土真宗など一部の宗派では読まないものですが、葬儀だけでなく、写経などでも親しまれる経典です。
般若心経が特徴的なのは、仏の教えをはっきりと書いたものではないことです。ほとんどの経典には「私はお釈迦様からこんな話を聞きました」という意味の、如是我聞という書き出しで始まりますが、般若心経は「観自在菩薩」という言葉から始まります。本来は他の経典と同じく如是我聞という言葉も入っていたらしいのですが、一般に読まれる経典では削られています。この観自在菩薩というのはいわゆる「観音様」ですが、般若心境では、観音様が仏陀の弟子のひとりに教えを説く、といった設定で構成された経典になっています。
ところがこの般若心経、ざっくり言うと、観音様が「存在とは何か」を語るという内容なのです。
人間は心と身体があることで存在している。しかしそれは本当なのだろうか?といった観音様の疑問からはじまり、色即是空、すべてのものには実体がなく、今の姿や生きていることも「そういう状態」に過ぎない。すべてのものは変化するから、死もひとつの状態でしかなく、万物は形を変えながら繰り返す。そう考えると何かに固執することもなく心が安らぐのではないか……といった語りかけが般若心経の内容です。ですから純粋に仏の教
えを書いたものとは少し違うようです。
経典には現代語訳もたくさんあるので、調べてみるとより深く染み入るでしょう。