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問われる墓の存在理由 墓は再定義が必要? 改めて考える墓

墓の存在理由が問われている。盆と彼岸に家族で墓をお参りし、家族の近況を報告したり子供たちの成長を披露したりするというかつての日本であれば当たり前だった風景が、時代と共に少なくなっていることを実感する。


墓に関連する千の風と恐山から考察

近年は集団就職などで上京してきた世代が定年を迎え、終の住処としての墓を意識するようになってきたといい、費用や墓を維持する問題などで散骨や樹木葬などを希望する人も多い。また、科学的合理的思考が支配する現代において、そもそも昔ながらの「墓」なるものに意味を見出せない人も増えているのではないだろうか。

筆者はそれでも日本人のメンタリティに「墓」は根強く残っていると考える。日本人にとって墓とは何か。霊場「恐山」と、一大ブームを起こした「千の風」との比較を通して考察する。


「千の風」 墓の存在やイメージ

2006年、新井満が訳したアメリカの詩に曲をつけ、秋川雅史が歌う「千の風になって」がこの年を代表するヒット曲となった。
この詩は”私のお墓に来て泣かないでほしい、そこに私はいない”という内容だ。ではどこにいるのか?“私は風になり、雨にあり、太陽となって照らしている”というロマンチシズム溢れる詩である。
その死生観を一言で表すなら天地自然そのものがそのまま神であるとする汎神論的な世界観が反映されていると思われる。万物自然に「カミ」を見出すような感覚は神道的であるし、一木一草に「仏
を見出す本覚思想などが定着した日本人には受け入れやすいのかもしれない。
「千の風」は“私は死んでなどいない、いつも形を変えて、あなたの近くにいる”と残された人に希望を説き、大切な人が常にそばにいるという安心感を与えてくれる。また伝統的な「墓」以外の葬送形式を希望する人にとっても心強さを得るものだったのではないか。


「恐山」 言葉にならない想い

だがこのロマンチシズムは大切な人の死に直面した、本当の喪失感に喘ぐ人にどこまで届くだろうか。筆者には悲しみを湛えつつも、美しい死生観・世界観を愛でるある種の「余裕」が見える。大切な人はいつもそばにいると考える人がいる一方で、「あの人に会いに行く」人たちもいる。

「イタコ」などで有名な青森県の霊場 恐山は「死者が集まる場所」として今も参拝客は後を絶たない。山を管理している南直哉(曹洞宗)の著書「恐山」には参拝する人たちの深い「想い」が綴られている。

恐山には背広、学生服、ウエディングドレスなどを持って来る人が多くいるという。幼くして子どもを失った親が、生きていれば重ねていたはずの年齢に合わせて服を買い替えるのである。
花嫁人形や花婿人形をお供えする人も多い。結婚前の子どもを亡くした親が、せめてあの世で結婚させたいと願ってのものだ。そして、湖に向かって、亡くなった親や子ども、会いたい人の名を一斉に叫ぶ人たちの情景が綴られている。大の大人が泣きながら一心に叫ぶのである。それを滑稽だと思わせない何かがそこにはある。

本書では触れていないが、賽の河原と呼ばれる河川敷に石が積まれているのはよく知られている「賽の河原」は、親より子が先に死ぬ「逆縁」は重い罪とされ、幼くして死んだ子どもが石を延々と積み上げる罰を受けているという和讃である。子どもたちはやっと石を積み上げると、恐ろしい鬼がやってきて石を崩してしまい、子供たちは泣きながらまた積むのだ。そんなわが子の苦痛を少しでも和らげようと、親も石を積むのである。石を積む親の気持ちは計り知れない。そこにはロマンチシズムも現代を支配する科学的合理的思考もない。ただただ子を想う「想い」だけである。

この人たちは何を求めて恐山を訪れるのか。大切な人に「また会いにくる」「会いたい 会いたい」。その「想い」を抱えてやってくるのだ。「千の風」を受け入れれば、如何ほどかは救われるかもしれない。いつでも形を変えてそこにいるのだから。しかし彼ら彼女らにとって死者は風でもなければ雨でもない。形のある「あの人」そのものだ。では霊魂の存在を信じているのかというと、確たる認識があるわけではないだろう。言葉にはできない「想い」。あえて言うならやはり「会いたい」。死者はやはり「あの人」なのだ。会いたくても会えない、でも会いたい「あの人」なのだ。

いつも近くにいる、そんなロマンチシズムに浸れないほどの慟哭に陥った人達が、どうしようもない激情にかられ、恐山へ向かい、あの世との境に立つ。雨でも風でもない他の何でも誰でもない「あの人」に会うために。


パワーレススポットとしての墓

南は、何もないところで死者を想い出しても思考は拡散するばかりであり、人が死を思うには器が必要であると主張する。そして、恐山とは力を与えてもらえるパワースポットではなく、「想い」を放出する場としての「パワーレススポット」であると述べている。

墓もまたそういうものではないかと思う。死者と語り合う器。死と向き合う場所。「千の風」には形ある「死者」が存在しないのである。

一方、墓には死者がいる。墓を参り墓の前で現在の自分たちの生活を報告する。誰しも「暑いだろう飲んでね」などと墓石に話しかけながら水をかけたりしたことがあるだろう。そこには対話がある。在りし日と変わらないふれあいがある。恐山ほどの激情はないかもしれないが、墓もまた「想い」を放出するパワーレススポットといえるのではないだろうか。


心に生き続ける「墓」

筆者は「千の風」を否定しているのではない。冒頭で「墓」を否定するこの詩が、軽視されつつある「墓」の意味を考える材料として適していると考えた故である。この詩は多くの残された人たち心を癒したことだろう。私的には1995年発売の南風椎訳「1000の風」は訳も写真も非常に美しい一冊で、是非一読を薦めたい。

しかしこの詩が「墓」という文化を、死者を冷たい石の下に閉じ込める、息の詰まるような「伝統」「慣習」であると見なし、それに対するアンチテーゼとして捉えられているとしたら、それは残念なことである。

もちろんどのような世界観・死生観を選ぶかは個人の自由であるが、筆者は少なくとも日本人の心には、千の風が吹く前に恐山=墓があるのだと考える。
それは、形ある死者、在りし日の「あの人
との対話の場である。時にはお墓にいる昔と変わらない「あの人」とひとときを過ごすのは決して悪い時間ではない。


参考文献

南直哉「恐山 死者のいる場所」新潮新書 2012年
南風椎 訳「あとに残された人へ 1000の風」三五館 1995年


ライター渡邉 昇
火垂るの墓

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