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葬儀で遺骸を包む毛織物は自国のもののみ認めるという法律を作ったイギリス

海外からの廉価な輸入品の流入によって、停頓してしまった自国の伝統的な産業を救うため、高い関税を課したり、輸入量の制限を加えることなどは、ある意味ありふれた方策だ。しかしクロムウェルによる共和制政権(1653〜1659年)時のイングランドでは、アフリカの奴隷を使役することで急速に発展した綿織物工業に対抗し、国を支えてきた伝統的な毛織物産業を保護するため、1660年以降、葬儀の際に毛織物以外の布で遺骸を包むことが違法になったという。


当時のイギリスでは、毛織物産業が急速に発展

もともとは農村社会だったイングランドにおける羊毛の売買、そしてそれを用いた毛織物産業は15世紀末に急速に成長した。

例えば当時の南イングランド、デヴォン州のモアバス地区では、毎週日曜日ごとの礼拝の折に、羊毛やエール(ホップが用いられていないビールの一種)の売り上げの収支決済が教区司祭から報告されていた。それは単なる数字の列挙ではなく、共同体の連帯感を確認し合う重要な儀式のひとつだったという。


国外にも需要があったイギリスの毛織物だが…

16世紀になると、イングランドの毛織物は国内消費のみならず、総輸出品の大半を占めるほどの主要産業となっていった。それは当時の商人が、ネーデルラント南部の港湾都市・アントウェルペンに新たな販路を見いだしたためである。アントウェルペンはヨーロッパの穀倉地帯だったバルト海地方、そしてイベリア半島との貿易の中継地として繁栄していた。商人にとっては、羊毛・毛織物関連の取引を行うばかりではなく、染色の原料やタペストリー(聖書物語や偉人などを表現したつづれ織の壁掛け)などの豪奢品を含む海外の物産、そして情報を手に入れるのに格好の「場所」だった。

しかし、ネーデルラントを統治していたカトリック国のスペインに対して、ネーデルラントのプロテスタントによって1568年に反乱が起こる。そして1585年、アントウェルペンは陥落した。騒擾を避けるため、市内の富裕な商人や貿易業者は、後のオランダ連邦共和国の首都となる、ネーデルラント北部のアムステルダムに相次いで移住することとなる。


大打撃を受けた毛織物産業

イングランドとアントウェルペンの貿易における紐帯は失われてしまったことから、イングランドの毛織物産業は深刻な打撃を受け、それに伴う大量の失業者があふれた。更に当時のイングランドでは人口も急速に増加していたことから、物価も上昇の一途を辿っていた。国内を覆う社会不安を払拭するため、当時のイングランドを支配していたエリザベス1世(治世1558〜1603)配下の政治エリートたちは、経済力を増し、アジアや西アフリカ、カリブ海域、地中海への進出に成功したオランダのように、海外貿易への野心を抱く。しかしオランダが有した海運技術や資金面に及ばず、特に東アジア・東南アジア地域では武力をもって排斥される憂き目に遭った。


その結果当時のイギリスが取った毛織物産業の保護政策とは?

長く続く不況や大量の困窮した人々の問題、そしてピューリタン革命(1640〜1660年)などによる、国内に漂う不安定な状況を打破するために、17世紀半ばのジェームズ1世(治世1603〜1625)や共和制政権、チャールズ2世(治世1649〜1685)らによって、様々な対策が講じられた。例えばアントウェルペンからの亡命者から技術を学び、薄手の完成品「新毛織物」を新たな輸出品とした。また、輸入に頼っていた商品の国産化を目指し、毛織物以外の衣料品・染料・製紙・石炭・石けん・ガラス・金属製品などを製造する新しい産業を興したりした。葬儀の際に遺骸を包む布を毛織物に限ることにしたのも、それらの対策のひとつだった。

しかしこうした努力は、イングランド国内を立て直す抜本的な打開策というよりも、結果的には、特定の産業や特権商人を保護するためのものでしかなかった。とはいえ、国の産業保護を目的に、国民誰しもが避けられない身内の死、そしてそれを送るために重要な葬送儀礼において、遺骸を包む布を毛織物に限るように定めた着眼点には、ただただ驚かされる。


最後に…

16世紀末〜17世紀末まで続いたイングランドの低迷は、18世紀の産業革命、そしてそれに力を得る形で成し遂げられたアジア地域における植民地獲得競争への勝利によって終わりを告げることになる。

今日の日本経済や産業、そして我々が抱える生活上の諸問題は、当時のイングランドと比較できるはずはないが、日本国内の経済振興、そして伝統的な産業を守ることを目指すとしたなら、葬送儀礼の際に必ず用いなければならない布に何を用いればいいのだろうか。

旧来の日本であれば、「葬儀」と言えば白や黒の、地味で目立たない色合いで覆われた空間をイメージしてしまう。しかし多様な価値観が認められ始めている現代であれば、白や黒に限定されない、日本古来の染料、織物、刺繍の布をどこかに用いてもいいだろう。大した幅を取らないものにしても、日本人ひとりひとりがそれを積極的に用いていくことで、古い伝統が次世代に継承される。更に若手の作家によって、伝統を踏まえた、新しい芸術表現が生まれる可能性もある。そうなれば日本国内のみならず、海外の人々からも葬儀において用いられる布の中に、新しい、そして面白い「日本の美」を発見してくれるかもしれない。


ライター鳥飼かおる
イギリス陸軍

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