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直葬は故人との決定的な別れを実感させる火葬・拾骨・骨上げに絞られた葬儀

明治生まれで働き者だった祖母は体の小さい人だったが、火葬の後の骨上げでは、意外なほど太い骨が崩れずに残っていた。親類や近所の人々は、丈夫な人だったからなあと、微笑み、またうなずき合っていた。骨になっても褒められるとは、まさしく大往生だった。私も良く知らない遠い親類と一緒に、箸で挟んで持ち上げそっと壺に収めた。それも死者を介しての一期一会であり、印象に残る場面だ。


義父の骨上げでは、戦争で負った傷の後がわかる骨が見つかった

義父が亡くなった時はさらに印象深かった。

義父は戦争中、何かの金属片が額に刺さって、そのままになっていると話していたことがあり、それが脳のMRI検査をした際に、ハレーションを起こしている箇所があったことで65年後に証明されていた。そして、義父が亡くなった時、骨上げの際に頭蓋骨に黒く溶け残った物がこびりついていたのを見つけ、これが例の破片ではないかと言うと、その武勇伝を聞いていた子供達は一斉に顔を近付け、おおーっと声を上げた。

火葬炉に棺が入っていく時には、終に別れる時が来たと嗚咽してしまい、周囲からもすすり泣く声があちこちから聞こえたが、やはり骨になって出て来た時には、みな神妙ながらも爽やかな表情だった。故人と近い身内にとっても、友人知人にとっても、別れのけじめは火葬によってなされるものなのだと改めて感じた。火葬によって先ず一段階目の心の整理をつけることができるのだと。


火葬に立ち会ったかどうか、骨上げをしたかどうかが大事

不幸にも、亡くなった人を見送れない場合がある。あるいは行方不明で、亡くなったのかどうかを確かめられずに二度と会えないであろうという別れがある。若い頃の私は、そういう悲しい思いをしている人に共感しつつも、死を受け入れられなかったり諦められなかったりするのは何故だろう、とぼんやり思っていた。だが、自分と関わりのある人が亡くなり、火葬に立ち会い、骨を拾うことで「ああ亡くなったんだ」と実感し、故人を「今はここにいない人」として思うことができるようになる経験を何度かして来たので、今では「お別れしていないからお別れしていない」というのはもっともだと理解できる。


一番大切なものが絞り込まれた火葬のみの葬儀 直葬

最近は直葬という火葬のみの葬儀を行う方もあるが、まさに、火葬は故人との決定的な別れを実感し、納得する儀式なのだと思う。

遺された人が生きていく上で、故人ときちんとお別れできたかどうかがその後の人生観を左右することにもなる。どんな葬儀をするかは、故人や遺族のお付き合いが考慮されると思うが、それらは社会的な要素だ。社会的に、落ち度なく営むことが悔いのない葬儀だという価値観もあるだろう。しかし、最も悔いが残らない葬儀というのは、亡くなった人に思いのすべてを込めて向き合い送ることができるものなのではないだろうか。葬儀がシンプル化する傾向にあるのは、一番大切なものに絞り込んで来たということなのだと思う。

私も自分が逝く時は、ああ死んだ、としっかり胸に刻んでくれる人が少しいてくれればいいなと思う。


ライター湯浅十五
直葬(家族葬)セット 28000円コース

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