ルーシー・M・モンゴメリ作「赤毛のアン」ーー百年以上前に書かれた著名な児童文学書ですが昨年ちょっとブームになりましたね。
この長い物語の中で、主人公アンが墓地の散歩を楽しむシーンがあります。第5作目『アンの幸福』で、アンは故郷を離れサマーサイドというところの中学校の校長に赴任します。見知らぬ土地で苦労する中、案内する人があり土地の古い墓地を訪れます。一つ一つの墓地に埋葬されている人々のエピソードを聞くうちに、それらの人々に親しみを覚え心が癒されていくのを感じていったのです。
以前は少し不気味なイメージがあったお墓・墓地
これを読んだとき、外国って違うと思ったものです。この物語を読んでいた頃に私が参っていたお墓は、それぞれの墓石の前面にお経や戒名が刻まれており、故人を思い出し偲ぶというより幽霊が出そうで怖い場所だと思っていました。
また一つの墓石に一人で埋葬されているお墓も見たことがありませんでした。いわゆる夫婦墓が多かったように思うのです。私の祖父は早くに亡くなり、祖父と祖母の戒名を並べて刻んだ墓石が立っていました。祖母はまだぴんぴんしていましたので墓石の戒名の一部が朱色に塗られていました。それがまだ生きているという印なのだと教えられました。これを見て祖母はどんな気持ちなのだろう、嫌じゃないのだろうかと子供心に思ったことがあります。
壮観ささえ感じさせる現在のお墓・墓地
さて今ではお墓は決して怖い処ではなくなりました。公園墓地という言葉があるように花壇がしつらえられたり、桜並木があったりとゆったり散策を楽しめる場所になっています。手入れされたお墓は整然と並んでいて、大きな霊園の場合などずらっと並んだ墓石の姿に一種の“壮観さ”さえ感じてしまいます。
ただアンのように故人のエピソードを語れるかというと首をかしげます。というのはそのお墓のほとんどが、「○○家の墓」とか「○○家先祖代々の墓」という名前が刻んである家墓(いえはか・いえばか)だからです。
この形式は火葬が一般的になってから広がったお墓の形体で、お墓の中に骨壺を入れ、代々受け継いでいけるようになっています。狭い国土の日本では一番都合の良いかたちなのでしょう。現在ではこれが一般的なお墓の形だそうです。
お墓以外の埋葬の選択肢が増えてきた
一方、違う形のとむらい方を選ぶ人も出てきました。樹木葬や散骨、そして埋葬せずに自宅に安置しているなど少数ながら様々やり方で葬送を行っていらっしゃるのです。これらの形は遺族が選ぶ場合もありますが、生前に自分で選ぶ方も多いと聞きます。
個人、夫婦、家。お墓の形は時代によって国によって様々に変わってきました。そして今、自分の行く末を自分で選ぶ時代になったのかもしれません。もうすぐお彼岸。ちょっと自分の行く末を考える良いチャンスかもしれませんね。