映画「おくりびと」がアカデミー外国語映画賞を獲得した。この結果、納棺師への関心が高まり、納棺師になりたいと希望する若者も急激に増えたという。しかし納棺師の具体的な仕事内容や求人状況、将来性については映画で触れられていない。今回は納棺師という仕事が生まれた経緯なども含めて解説する。
納棺師という仕事が生まれた経緯
映画で描かれていた「おくりびと」は、正式には納棺師と呼ばれる人たちのことである。別名では湯灌師や復元納棺師などと呼ぶ場合もある。
実はこの納棺師という仕事は、1954年に起きた日本海難史上最大の惨事である青函連絡船「洞爺丸」の事故がきっかけで生まれている。函館市民が葬儀社の要請を受けて遺体を遺族への引き渡しを手伝った事案が元になって、葬儀社がサービスの一環に組み込むようになったのだ。つまり営業行為の一つだったのだ。
納棺師の具体的な仕事内容とは
現代の納棺師は、火葬までの遺体の状態を管理するのが主な業務になっている。ただしその他にも遺体に防腐処置を施したり、変死体の場合に遺族のショックを和らげるような修復処置を行ったりもする。これは遺族だけでなく、葬儀参列者への心的負担を軽減・ケアする効果もある。
納棺師という仕事の歴史は浅いため、伝統に基づいたものではないが、死者を少しでも生前に近い状態に整えるという作法は、日本人の繊細な国民性にマッチしたのだろう。最初は葬儀社の付加サービスでしかなかった納棺師の仕事は、今ではすっかり葬送儀礼の一部として定着している。
納棺師を育成するための学校が設立
2013年、映画「おくりびと」の成功を受けて、映画の原作関係者の手で「おくりびとアカデミー」という、納棺師に資格を与える学校が創設された。死者に対する医学・生理学的な基礎知識や宗派ごとの葬儀への対応から、エンバーミングと呼ばれる遺体の長期保存を可能にする方法まで、系統立てて納棺師の仕事を教えることを目指した学校だ。
しかしながら、この学校のある幹部は、創設直後から納棺師という仕事はそう長続きするものではないという悲観的な意見を言明していたという。なぜなら、葬儀がどんどん簡素化されているからだ。このままでは、葬儀で実際に参列者に見せる顔面以外の部分の処理は必要なくなっていくだろうと言っていたという。
納棺師という仕事で得られる喜びや達成感、やりがいとは
現在、葬儀社の依頼を受けて遺体を整える納棺師たちは、損傷の激しい遺体や、赤や緑に変色した遺体、腐敗が進んでいる遺体、司法解剖で開胸・開腹後に縫合されないままの遺体などを扱っている。故人のプライバシー問題から、死因が納棺師に知らされない事例も少なくないようで、となると当然感染症の危険性もあるとのこと。
遺体を丁寧に全身洗浄して、天然香料で腐臭の発生を防ぎ、含み綿や死化粧できれいな顔にして参列者に見せられるようにしたとき、おくりびとは自分の仕事への満足とともに「死者に礼を尽くした」という使命感の達成のようなものも得るそうだ。
納棺師という仕事の将来性は葬儀の捉え方次第
葬儀の合理化が進んでいる。費用がかさむ「大げさな葬儀」が敬遠されるようになって長い時間が経過している。合理化・省エネ化された葬送は、あきらかに時代の要求以外のなにものでもない状況に至っている。そこには「どうせ火葬にしてしまうんだから、遺体をきれいに取り繕ってみても意味などない」という観念があるのかもしれない。
納棺師という職業が今後も存続し続けるか、それともひとつの時代の流行として消え去ってしまうのか、それを予想するのは困難なことだが、これを考える良いヒントは葬儀の存在意義だ。葬儀を故人の供養のためのものとするか、あるいは生き続ける家族の安心立命のためのものなのか、納棺師の存在は葬儀をどちらで捉えるかによって必要性も変わってくる。
ある納棺師の言葉が忘れられない。「映画のような儀式的な側面だけではなく、たとえば、末期がんで苦しんで亡くなったかたの表情をいかにやさしい顔に戻すかといった部分に重きを置くのが一番重要なこと」