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私が家族葬を選んだのは、故人との最期を1秒でも多く作りたいと考えたから

私の両親は家族葬を希望している。直葬でもよいと言っている。その後は海への散骨を希望している。
理由は、葬式は結婚式のように将来性のある者に対して行うものではないからだそうだ。
葬儀のとき本人は死んでいるわけだから、豪華でもシンプルでも同じだと言う。


家族葬であれば子供への経済的負担も減少

ただ、死後に暗い地面の下に埋められたくないという思いがあるので海へ散骨してほしいそうだ。散骨は最安5万円でできるとどこかで聞いたのでそのプランで頼むと言われた。そのとおりにしようと思った。
墓に関しても、作るにも維持管理するにも費用がかかるのでいらないという。子供に経済的負担が残ると思うと、悪い気がして安心して死ねないそうだ。
そのため生前から、いざというときのために被葬者本人による最安プランの希望を出してしておくという。安い葬式も被葬者本人の希望ならば誰からも何も言われずに済むだろうとのことだ。子供としては両親の葬儀は豪華にしてやりたいと思う。しかし経済的なことを考えると実現できない可能性が高いのでそのように気を遣ってくれるのはありがたい。費用を出すのは私自身なので助かる。


家族葬にしようとおもったもう一つの理由

また、私が両親の希望通り最期は家族葬にしようと思ったのには、費用や労力の問題以外にも理由がある。私自身の経験から、葬儀は被葬者との別れを惜しむ場であってほしいと思うのだ。泣くなら葬儀の時に泣きたい。全て終わってから悲しみに襲われるのは(表現が適切ではないかもしれないが)後の祭りというか本当に手遅れのような気がしている。通夜や告別式の日に、受付やら何やらで悲しむ暇もないのでは葬儀の意味がないのではないか。


時間が全く作れずに後悔した祖母の葬儀

母方の祖母の葬儀のとき通夜の席で、告別式の日に参列者に出す食事はやはりお寿司にしたほうがよいのではないかと誰かが言いだした。そして急遽始まった打ち合わせに付き合わされた。つい先ほどまで、お寿司は人それぞれに好みがあるし、参列者の中には子供もいる。せっかく高いお寿司を頼んでも食べてくれないものもあるだろう、もったいない、という話をし、一番安いおにぎりセットを頼むことに決まっていたのに。
急遽始まった打ち合わせでは、わざわざ遠方から足を運ぶ参列者もいるし、せっかく来てくれたのにおにぎりはないだろう、お寿司くらい出さないとまずいだろう、という話になり、メニューはお寿司セットに変更になった。それに伴う費用は私の父がすべて出した。打ち合わせを見かねたのかもしれない。告別式への参列者のことを気遣うのなら、通夜に駆けつける人々にも気を遣うべきだったと思う。
葬儀の打ち合わせは通夜に人が来る前までにすべて終え、以後の変更はしないことに決めておくべきだったのではないか。費用に関しても、後から出せるなら最初からけちけちせずに出せばよかったのではないだろうか。
告別式の日も、棺桶のそばに行って最後にゆっくり祖母の顔を見る時間がほしかったが、実際にはそれが叶わずほとんどの時間、受付で香典を数えていた。祖母との最後の別れの時に何をしているのだろうと思った。これが家族葬であったなら、通夜の席でお寿司を注文しなくてよかったし告別式の日に斎場の入り口で香典を数えなくてもよかったはずだ。


一緒に過ごす最後の時間がお葬式

葬儀は被葬者と共に過ごす時間と場であるべきだと考える。

特に肉親の葬儀の場合は、被葬者とじっくり向き合える最後の機会だと思う。本当にもうこの次はない、そういうときこそ余計なことも余計な心配もせず過ごしたいものである。


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