墓地に多く植えるシキミ(樒)という植物がある。古い墓地には立派なシキミが生えていることが多い。シキミは本州以南に自生する常緑の中低木で毒を持つ。葉や茎にはイリチンという毒が含まれ、果実はアニサチンという物質を含む。後者のほうが毒性は遥かに強い。両方とも痙攣性の中毒を引き起こす。嘔吐、めまい、痙攣などが主な中毒症状で、果実を摂取した人が死亡した例もあるようだ。皮膚からの浸透毒ではないので、花瓶にシキミを挿しておいても侵される事はないが、子供が誤って舐めたり、果実を口にしないほうが良い。またシキミを挿した後の花瓶はよく洗って置くほうが安心だろう。
「シキミ」のお陰で野生動物が寄り付かず、亡骸が荒らされることがなかった
シキミの語源は「悪しき実」というのが、一般的な説のようだ。その毒性ゆえなのであろう。そして、毒性のおかげで亡骸を荒らす野生動物が寄り付かないので、埋葬場所を守るためにその周りにたくさん植えたと考えられる。地域によっては、棺の中もシキミの枝を敷き詰める習慣もあるようだ。
今と昔の死に対する考え方の違い
今も昔も、死を忌み嫌うのは共通しているのだろうが、昔の死を忌むという意味合いは、おそらく今日のものとはかなり異なっていたのだろう。ドライアイスも、冷蔵設備も、火葬施設もなく、いったん感染力の高い病気が蔓延したら特効薬も無い時代である。親しい人が逝って嘆き悲しみつつも、できるだけ遠くに迅速に遺体を埋葬する差し迫った必要もあったのだろう。したがって、昔は「死を忌み嫌うこと=差し迫った身の危険」だったと解釈すべきなのではないか。それに比べると、今日はのんびりしていて、自分の身に危険が及ぶようなピリピリした切迫感を感じる人はほとんどいない。
埋葬後の遺体がイノシシやオオカミなどに荒らされてまき散らされることも、感染症などを封じ込める大きな妨げとなる。だから、ご遺体には再び地表に現れることなく、静かに速やかに土に還っていただくことが残された人々にとっても安全で、生態学的に言っても理にかなったことだったのだろう。
海外でも有毒植物を墓地に植えていた
日本と同様、古くから人が住み墓地に埋葬する習慣があったイギリスやフランス北部ではイチイという有毒植物を墓地の外周に植えていた。墓石の側にも多く植えられている。イチイは針葉樹の仲間で、赤い柔らかい果実をつける。この柔らかい部分は甘く、人が食べても毒ではないのだが、樹皮と果実の中心にある大きな硬い種の内側には数種類のアルカロイドが含まれ、猛毒である。牛が種を数個食べたら、震え始め倒れてすぐに死んでしまったという例や、樹皮をかじったヤギなどが死んだ例がある。興味深いのは、イチイの幹や枝、果実は枯れて落ちても分解されず、毒性が失われないことである。
イギリスにも非常に古い墓地がたくさんあり、そのようなところにはイチイの大木が植栽されている。これらのいくつかの墓地のイチイの年齢推定が行われているが、樹齢千年~数千年の木々が多いということがわかっている。イギリスにキリスト教が入ったのは3~4世紀ごろと言われるが、国全体に広まった時期は定かではない。しかし、本格的な広まりは6世紀末のグレゴリオ法王がイギリスに派遣した使節団の布教活動からと言われる。
したがって、イギリスの古い墓地のイチイはキリスト教が国教となる以前から植栽されていた可能性が高く、数千年前から墓地から家畜や野生動物を遠ざけるためにイチイの毒性を利用していたのではないかと言われている。日本やヨーロッパの一部では墓地にヒイラギを植える地域もあり、実はヒイラギの葉も果実も有毒である。
猛毒の植物を巧みに利用したいにしえの人の知恵には、感嘆するばかりである。