葬儀を挙げる時に心配なことは、「子供に迷惑をかけてしまう」「葬儀にかけるお金がない」など、家庭の事情によってさまざまです。とくに少子高齢化社会と言われる近年の日本では、年々葬儀の簡略化が進んでいます。簡略化はとどまることを知らず、2017年内には、長野県にある葬儀場で、ドライブスルー形式で葬儀に参列できるシステムが導入される予定です。
簡略化することの良し悪し
しかし、葬儀の簡略化はメリットだけではありません。葬儀を簡略化したために、残された人がかえって面倒な後処理をしなければならないというケースもあるのです。また、安易に簡素な葬儀を選択してしまったがために、後々罪悪感を感じてしまう遺族も少なくありません。
葬儀の簡略化が進んだ理由とは
日本で伝統的に行われてきた葬儀は、通夜から始まり四十九日後の納骨式までの間に、12回の法要が行われるのが正式とされています。12回と聞くと、かなり多いように感じますが、葬儀を行う本来の意味は、亡くなった方との別離の苦しみを和らげるために行う儀式ですから、残された人の気持ちを整理する期間でもあったのでしょう。
しかし、現代の考え方は「家族への経済的な負担を減らすこと」に重きが置かれており、とにかく楽なほうが良いと、どんどん葬儀の簡略化が進んできました。経済的な問題だけでなく、心理的な負担を減らしたいというニーズも大きいです。というのは、伝統にのっとった葬儀を行うとすれば、多大な時間と労力がかかりますから、「面倒なことはしたくない」というのが本音でしょうか。
通夜や告別式を行わない葬儀を「直葬」と言いますが、関東地方では2割近くの人がこの直葬を選択しています。四十九日の法要まで行う人は、1割ほどだということです。経済的に余裕がある家庭でも直葬が行われている事実から、やはり葬儀に費やす時間や労力が心理的負担になっているということなのでしょう。
葬儀を簡略化するメリットとは
葬儀を簡略化する一番のメリットは、費用が安くすむということでしょう。家族葬であれば、一般的な葬儀の半分ほどの費用ですみます。お通夜をせず、告別式と火葬を1日でやってしまう「一日葬
なら三分の一程度、お通夜も告別式も行わず火葬のみの葬儀である「直葬
ならば五分の一程度の費用となります。また、通常四十九日で終わる一連の葬儀が一日で終わるとすれば、遺族への時間的拘束、心理的負担が軽減されます。
「ドライブスルー葬儀」が導入されたのも、葬儀に参列する人の負担を減らすという目的が大きいです。仕事を休めないという人でも、昼休みに仕事を抜けて気軽に葬儀に参加できること。また、体が不自由な人でもドライブスルー方式なら車を降りることなく葬儀に参列でき、体に負担をかけないといったメリットがあります。
葬儀の簡略化にはデメリットもある
葬儀を簡略化することは、メリットだけでなくデメリットもあることを理解しておくことが大切です。たとえば、故人と親交のある親族や友人などは、「きちんと故人とお別れしたい」と思うのは当然です。このような人たちに十分な説明をしないまま直葬にしてしまうと、「なぜ知らせてくれなかったのだ」と気分を害してしまい、後々トラブルに発展するかもしれません。
トラブルになるまではいかなくとも、葬儀が終わった後も、「お線香をあげにいきたい」「個人にどうしてもお別れを言いたい」などと自宅を訪問してくるケースがよくあります。煩わしいことを無くしたいと簡素な葬儀をしたのに、訪問客などの対応でよけいに面倒な事態となってしまいます。
故人は本当に簡略な葬儀を望んでいるのか
自分の葬儀をどうするかについて、「直葬あるいは家族葬にしてほしい」と希望する人は、全国平均で8割以上にもなります。「死んだ後のことはどうでもいい」と本心から思っている人もいるでしょうが、多くの人は「子供や親族に迷惑をかけるのは申し訳ない」という気持ちから、できるだけ負担をかけないような葬儀を選択しているのではないでしょうか。
昔の日本人なら当たり前であった、「先祖に感謝して手厚く弔うことで、子孫の繁栄につながる」という思想は、現代の日本人にはほとんどないと言っていいでしょう。経済的には豊かであっても、仕事に追われていたり、希薄な人間関係などの環境で育った現代人は、「人に感謝する」という余裕がないのかもしれません。
看取る側が、「思いっきり迷惑かけて大丈夫」という広い心を持っていれば、葬儀を行う本人も、自分の希望する葬儀について本音で言えるのではないかと思います。
まとめ
葬儀の簡略化の理由で、「他人に迷惑をかけたくない」という遠慮はかなり大きなウエイトを占めていると言えます。年を取って、誰かに頼りたい時にも遠慮させてしまう社会環境であるということです。
葬儀で大切なのは、遺族が故人といかに向き合うかということです。故人が生きてきた人生を考えると、1日で終わるような作業ではないのではないでしょうか。葬儀を行う意味について、自分自身も家族も、しっかりと考える時間を持ちたいものです。