一昔前まで、お盆やお彼岸のお墓参りで果物、お菓子、弁当あるいはお酒などをお供えして、そのまま放置して帰ってきてしまうのが一般的だった。その結果、大量のお供えを、キツネ、タヌキ、カラス、熊などの野生動物が食い荒らして墓地がゴミだらけになるということから、ほとんどの霊園などの施設が、持ち帰りの規則をもうけるようになった。
お供え物を持ち帰るルールの本当の目的とは?
持ち帰りルールは食い荒らしによって墓地が汚されることを防ぐということよりは、むしろ人の食物に味をしめた野生動物が不必要に人間社会の中に入り込んでしまうことを防ぐという意味で重要である。
これらの動物たちは嗅覚が優れているので、やがてお供えで覚えた美味しい食べ物の匂いにつられて住宅の裏庭にやってくるようになる。そしてコンポストを荒らし、家庭菜園にまで手を出すようになる。
もしも野生動物が人間社会に踏み込んでくると…
それだけなら、まだ良い。自宅の裏庭でヒグマに遭遇してしまったら、それこそ命にかかわる事態だ。
北海道に生息するキタキツネには、人間が感染すると致死率が高いエキノコックスという寄生虫を有する個体が一定の割合で生息している。だから、裏庭がキツネの糞だらけになるような事態は避けたい。このような一連の悪影響を防ぐためにも、お供えの持ち帰りを徹底する必要がある。
人の食べ物に慣れてしまった動物に待ち受ける運命とは…
人間の立場からだけでなく野生動物の側からも考えてみてほしい。人の食べ物に執着するようになった動物が最終的にどんな運命が待っているのだろうか?お供えへの執着の例ではないが、知床で観光客が不用意に与えたソーセージに異常に執着して人里に何度も出没するようになったメスのヒグマがいた。ソーセージと名付けられたこのヒグマは最後は小学校の周りをうろつくようになり、ハンターに射殺された。お供えの食べ物への誘引や餌付けは、野生動物の命を奪うという結末になる危険性をはらむのだ。さらに、人間の食べ物は野生動物の健康にとって決して良いものではない。スナック菓子の食べ過ぎで栄養バランスが崩れ、疥癬という皮膚病にかかるキタキツネもいる。
お墓だけでなく、事故現場や路肩のお地蔵様などへのお供え物にも注意を
道路の近くに設置されたお地蔵様や事故現場などにも、供え物が花束などと一緒に手向けられているのをよく目にする。亡くなった方への哀悼の気持ちや残されたご家族の心情は察するに余りあるが、やはり放置は避けるべきだろう。缶入りの飲料なら荒らされないのではという考えは甘い。ヒグマは、スチール缶でさえ鋭い歯で噛んで穴をあけて中身を飲む。そして、動物の飲み残しをスズメバチが舐めに来る。スズメバチは春先の寒い時期のエサ不足でかなりが餓死するといわれている。巣を造ろうとする女王バチの数が、かなり抑えられるその時期にジュースやビールで命をつなぐことができると生き残る確率が高まり、個体数の増加につながると言われる。
どんな場面のお供えでも、きちんと持ち帰って食べてほしい。このようにして故人と時間と食物を分かち合うことこそ、供養にふさわしい行為なのではないだろうか。