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数ある哺乳類の中で何故「狐」だけが「火」と結びつき「狐火」となったか

1921(大正10)年に生まれ、東京都荏原(えばら)郡平塚村大字上蛇窪(かみへびくぼ、現・品川区豊町)で育った米屋トモヱは、幼い頃に見た、「狐の嫁入り」こと、「狐火(きつねび)」について語っている。

数ある哺乳類の中で何故「狐」だけが「火」と結びつき「狐火」となったか

狐火 狐の嫁入りをみた人の証言

   「巣が本当に巣があるって。ポン、ポンと消えたりついたりね…(略)…あ
   あいうのはね。死体を埋めたのが6月の入梅時、しとしとと雨降るとリンが
   燃えるらしいのね。ポッポッ。それを狐の嫁入りって…(略)…お母さんだ
   って見に行ったんだよ…(略)…(家の近所に)お墓がいっぱいあって、し
   としとと雨降るとリンが燃えるんでおもしろくて。赤っぽいの青っぽいの。
   ガキ大将になって見に行ったよ…(略)…よく言ってたよ、親は。「山行くと
   狐の嫁入りだよ」って。だから、動物が死んだりなんかしたんじゃないの。
   それが雨がしとしと降って、リンってお水かけて燃えるからね。油だからね」

また、日本国内の山やマタギ(狩猟を生業とする人々)を撮影テーマとするフリーカメラマンの田中康弘も、秋田県の旧阿仁町(あにまち、現・北秋田市)に住む、1933(昭和8)年生まれの老人から、子どもの頃に「狐火」を見た話を聞き取っている。

ある夕方、庭先に大きな獣が現れた。それは狐だった。狐はそのまま、家の裏山に向かった。山の斜面に差しかかったとき、尻尾を大きく振り出した。「ベロベロベロベロって光るんだ。あれは見たもんでねえと分かんねぇ、見事なもんだったよ」。

古来から伝わる「狐と火」の関係性

狐は、動物学的には食肉目のイヌ科の哺乳類だ。アジア、ヨーロッパ、北アフリカ、北アメリカなどに分布し、主に森林や草原に生息している。我々にとてもなじみ深い動物だ。哺乳類の動物は他にもたくさんいるが、何故、狐が「火」と結びつけられて語られるようになったのだろうか。

古くは唐代中国の860年頃に成立したとされる、段成式(だんせいしき)の『酉陽雜俎(ゆうようざっそ)』によると、「野狐(やこ、のぎつね)は夜、尾をたたくと火が出る。妖怪になるときは、かならず、髑髏を頭にのせて、北斗(七星)にお辞儀をする。髑髏が落ちなければ、人間に化ける」という記述がある。

また日本では、鎌倉初期から承久の乱(1221年)以前に成立されたとされる仏教説話集の『宇治拾遺物語』第1に、「火」に絡んだ、狐の仕返しの話がある。 

甲斐(かい)国(現・山梨県)のある侍が、夕暮れに出会った狐に引目(ひきめ、妖魔退散に用いる鏃(やじり)の一種)を射かけたところ、狐の腰に当たった。それからしばらく歩いたとき、侍は、自分より先回りしていた狐が口に火をくわえて走っているのを見た。不思議に思っていると、狐は人に化け、家に火をつけた。侍は人に化けた狐を追いかけたが、狐は元の姿に戻り、草むらに姿を消した。結局、狐が火をつけた家は焼けてしまったというものだ。

「狐と火」の関係性が言い伝えられていたのは全国に存在していた

このような民話・伝説は『宇治拾遺物語』に限ったものではない。全国津々浦々に存在する。例えば、主に明治中期〜大正初期までの筑豊炭田の詳細を描いた炭鉱記録画家の山本作兵衛も、1964〜67(昭和39〜42)年頃に『狐(火事)』という絵を描いた。絵に添えられた詞書(ことばがき)には、以下のように記されている。

   明治32年夏、山野炭坑のナヤ(坑夫住宅)が毎晩火事騒ぎ。その噂さは
   隣坑上三緒〔かみみお〕にも話題となり、不思議に思うていた。それは完
   全に釣ってあるランプが独りで落下し割れて石油が散乱、それに点火が原
   因で東方のナヤ火事を消しておると西方にも燃えはじめると言う状態であ
   ったらしい。あまりに摩可不思議であった。こゝにヤマ人〔坑夫たち〕も
   邪教淫祀などと捏ねまくるときにあらずと占ないし処、シバハグリ〔開坑〕
   の際、狐の穴を埋めた穴の中に子狐がおった、ソノ親狐の復讐手段による
   祟と判明した。よって正一位稲荷大明神として祀られヤマの守護神になった

※田川市石炭・歴史博物館/田川市美術館,2008,p.96,原文のまま。〔〕内は筆者による補足)。

上蛇窪の「狐の嫁入り」については、米屋トモヱが言うように、お墓に埋葬されていた人のご遺体か、または墓地周辺に勝手に放棄された野良犬・野良猫などの腐敗した死骸に含まれるリンが、何らかの原因で自然発火したものだろう。しかし、狐が自ら尻尾を振って火を起こす、果ては人間へ仕返しするため、家に放火するなどといった話が生まれた理由は何なのか。

狐の吐息が白い煙のようにみえたから「火」と結び付けられた…?

美濃(みの、現・岐阜県)の漢学者・秦鼎(はたかなえ、1761〜1831)は『一宵話(いっしょうわ)』の中で、「狐火」について、少年時代に見た狐の話を紹介する中、「火とみゆるものは、彼が息なりけり(原文のまま)」と述べていた。同様に、越後(えちご、現・新潟県)の商人・随筆家の鈴木牧之(ぼくし、1770〜1842)は『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』の中で、「狐の火を為す説はさまざまあれど皆信(うけ)(しんじ)がたし。我が目前に視(み)(み)しは、ある夜深更(しんこう)の頃、例の二階の窓の隙(すき)に火のうつるを怪(あや)しみその隙間より覗きみれば、狐之の掘揚の上に在りて口より火をいだす。よくみれば呼息(つくいき)の燃(もゆ)る也。その態(さま)口よりすこし上にもゆる事まへにいへる寒火(かんか)のごとし」と述べている。

これらからわかることは、狐は火を操る霊獣、または妖怪というより、その吐息が真冬であれば、外気と温度差が生じたことによって、白い煙のように見えることに過ぎないということになる。だが、冬の寒い中、そのように見える動物は狐に限ったものではない。狐が怪異をする動物と見なされていた理由は、狐そのものの性質によるものだという。

怪異を唱えられるようになった理由は狐が雑食かつ死肉も好んで食べていた為

民俗学者の吉野裕子によると、狐は「雑食性でその食餌の中には動物質も植物質も含まれる。また生餌(いきえ)ばかりでなく死肉も好んで食する習性があり、その中には狐仲間の死肉をたべること、つまり共食いする」。

また、同じく民俗学者の松山義雄は、「狐は、猜疑心の強い動物ときている。野原などで人間と行きちがっても、少し行くと立ちどまって振り返り、またしばらく行っては振り返って相手を見る」。「狐の大好物の1つに、馬のつめ(蹄)がある…(略)…馬の多かった頃は、蹄鉄屋の仕事場近くには、たくさんのつめのかけらが落ちていた。それを狐が1かけらも残さず、食べてしまった」。「狐には強い蒐集癖があった。馬の古ぐつを集めるのも、その1つであった。馬の古ぐつには、好物のつめのにおいの移り香があるため、蒐集の対象となったのかもしれない」。そして「狐が人間から忌まれ、かつ疎まれる最大の理由は、墓地を暴くという部類の悪癖のなかに求められる。これも彼らがもつすぐれた嗅覚によるもので、墓場に漂う人体の腐臭が、狐を不吉な発掘者へとかりたてる」と結論づけていた。

100年近く前まで、マタギが獲物を求めて渉猟する、人里離れた山奥ばかりではなく、米屋トモヱが「巣が本当に巣があるって」と語っていたように、狐は人間の生活圏のすぐそばでも生息していた。それゆえ当時の人々は、今日我々が「動物もの」のテレビ番組や動物園で目にするかわいらしい狐からは窺い知れない、「死体を暴く」など、人の目には不吉で厭わしく映る性質や生態に遭遇することもあったはずである。

当時、野ざらしにされた遺骸や墓を暴いて食していた狐

日本思想史の研究家・佐藤弘夫によると、戦国時代から江戸前期に、当時の日本人の高位の人から庶民にいたるまで、永続的に受け継がれるべきイエ(家)制度と観念が確立された。それに伴って、寺院の境内墓地が一般的なものとなり、亡くなった人々は檀那寺の墓地に埋葬され、子孫による、定期的な墓参の習慣も浸透した。それ以前の平安時代半ばぐらいまでは、土を掘って埋葬し、土饅頭型の墳墓がつくられるなど、確かに天皇家・貴族・高僧などの限られた階層の人々の墓は営まれていた。しかし今日のように、残された遺族や子孫が寺社で追善供養を行なったとしても、直接墓所に墓参りをすることはなかった。身寄りのない人々の遺骸は、そのまま野ざらしにされていることもあったのだ。墓を営む風習の有無にかかわらず、腐臭を周囲にまき散らし、朽ち果てるままになっている、人とも動物とも判別不能になってしまった遺骸を積極的に触りたいと思う人は、旅の修行僧や葬送儀礼を生業とする一部の人々以外、基本的には誰もいなかった。しかし狐は違っていた。それを食べたり、馬のひずめなど、体の一部を自分の巣穴に集めたりもするのだ。

そうしたことから、自然現象の「狐の嫁入り」「狐火」と結びつけられる形で、狐自らが火を操る。そして原因が判然としない事件事故があった折は、狐によって人間に害を及ぼされたと見なされるようになってしまったのだろう。

最後に…

日本国内のみならず、世界レベルで自然破壊、そして環境問題が深刻な問題となっている。狐を含む野生動物と人間が「共存」することを目指すとき、「清潔」な生活を送る現代人の我々が見たことも、考えたこともなかった、野生動物ならではの生態に基づく、恐ろしく禍々しい「死」や、それに伴う死骸の「腐敗」「腐臭」のイメージとも「共存」することができるだろうか。

現実的には、かつての豊かな自然環境が多く失われてしまった今日の日本国内では不可能に近いことである。だが、もしも「共存」が叶ったとしたなら、我々は許容したい気持ちと許容できない気持ちとのせめぎ合いの日々を過ごす中、心の内奥にくすぶる葛藤を克服すべく、その時代に即した形の、新たな狐火の怪異や狐の復讐譚を生み出してしまうのかもしれない。

参考文献

北越雪譜、 宇治拾遺物語 上、 続々・狩りの語部 –伊那の山峡より、 狐―陰陽五行と稲荷信仰 (ものと人間の文化史 39)、 酉陽雑爼、 怪異・きつね百物語、 炭坑(ヤマ)の語り部 山本作兵衛の世界 584の物語、 死者のゆくえ、 上蛇窪 ムラばなし百話 米屋トモヱ・聴く書き、 山怪 山人が語る不思議な話

ライター

鳥飼かおる

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