世界中の言語の中でも、日本語ほど美しい表現が可能な言語は少ないのではないだろうか。ひらがな、漢字、カタカナという三種類もの文字があり、英語では「you」としか表現できない言葉に「あなた」「君」「お前」など複数の表現方法を持っている。その表現力は音楽の歌詞の世界でも存分に発揮され、そこでは「死」すらも美しく、せつなく、そして力強く表現される。今回は、そんな「死」をテーマにした奥深い歌詞を持つ日本の名曲をいくつかご紹介したい。
童謡「シャボン玉」の歌詞に隠された死
「シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた」ーーこれは日本人なら必ず一度は聞いた事がある童謡「シャボン玉」の歌詞だ。
大正12年に野口雨情の作詞、中山晋平作曲で発表されたこの作品からは、シャボン玉を空に飛ばして遊ぶ子供達の楽しげな姿が思い浮かぶ。しかし、一説によると、この歌詞は、作詞家野口雨情が生後7日で亡くなった長女の事を思って作られたものであると言う。そう思って聞くと、2番の「シャボン玉消えた 飛ばずに消えた産まれてすぐに こわれて消えた」と言う歌詞が胸に響いて来る。
また、中山晋平によるメロディも、日本で初めて翻訳された賛美歌「主我を愛す(Jesus loves me,this I know)」を参考にしているという見解があり、これも「シャボン玉」が野口の亡き娘への鎮魂歌であると言う説が広く浸透する所以となっている。
絵を描くように死を歌った松任谷由実の世界
日本を代表するシンガーソングライター、松任谷由実。彼女は「ひこうき雲」を始め、死をテーマにした曲を数多く作っている。その中でも隠れた名曲と言える作品が、1980年に発表された「雨に消えたジョガー」だ。
この作品は、不治の病で恋人を亡くした主人公が、すれ違ったランナーにふと恋人を重ね合わせる曲である。恋人もランナーであったが、病気のために走れなくなった。その病気について知った時の主人公を表現する歌詞が凄いのだ。
「病気の名前は Myelogenous Leukemia 図書館のいすはひどく冷たく」Myelogenous Leukemia(ミエロジェーナス・ロイケーミア)とは、骨髄性白血病の事である。この一節だけで、衝撃で椅子から立ち上がれなくなった主人公の絶望が伝わってくるところに、ユーミンのほとばしる才能が現れている。たった5分の間に鮮やかな情景が次々と浮かび上がるこの曲は、美大出身のユーミンにしか描けない死の物語なのだ。
沖縄戦への思いに魂を込めたザ・ブームの「島唄」
1993年に大ヒットした「島唄」は、ザ・ブーム(THE BOOM)の代表曲としてあまりにも有名だ。ザ・ブームがロックバンドから多様な音楽性を持つバンドへと変わり始めた1991年、沖縄を旅していたヴォーカルの宮沢和史は「ひめゆり平和記念資料館」を訪れ「ひめゆり学徒隊」の生き残りのおばあさんから聞いた沖縄地上戦での悲劇に衝撃を受ける。そして、そこで壮絶な死を遂げた人々を思い、平和を願って「島唄」は作られた。この曲の中で、沖縄戦での悲しみが痛切に伝わって来る歌詞は次の一節だろう。
「ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら」
沖縄の青空の下の緑深いさとうきび(ウージ)畑であなたと出会い、そのウージ(さとうきび)畑の下の真っ暗な洞窟(ガマ)の中で自決をして永遠に別れた、という意味だ。簡潔な表現で描かれた生と死の明暗。宮沢和史は本物の詩人なのだと思う。「島唄」は、その後内外の多くのアーティストによりカバーされているが、宮沢和史の魂の叫びを超えるものはないだろう。
奥深き日本の歌詞の世界
その他にも、1973年に発表された、ちあきなおみの「喝采」では「届いた報せは黒いふちどりがありました」というくだりだけで恋人が亡くなった事を表現している。ストレートに「亡くなった」と言われるより、数倍ドキッとさせられる歌詞で、一度聞いたら忘れられない。このように、限られた言葉数で情景を浮かび上がらせるという意味では、歌謡曲やロックバンドの歌詞にも、俳句に繋がる日本の文化が受け継がれているのではないだろうか。