以前に「牡丹が咲く春の彼岸に食べるのが牡丹餅 萩が咲く秋の彼岸に食べるのがおはぎ」というタイトルで色々と書きました。諸説あると思うのですが小豆の赤色が邪気を払うとのことで、牡丹餅がお彼岸には欠かせないお菓子になったというのが通説です。つまりお彼岸のお菓子は「あんこの牡丹餅」なのです。" />

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「おはぎがお嫁に行く時は、あんこときな粉でお化粧して…」という替え歌

そろそろ春のお彼岸です。お墓参りを予定している方も多いと思います。日本のお墓は一般に郊外、もしくは山の中腹に多く、花粉症の方はお墓参りも大変ですね。お墓の中の方が「いったい誰だ?」と思うようなスタイルでいかなければなりません。

さてそのお墓参りに欠かせないのが牡丹餅(お萩)です。以前に「牡丹が咲く春の彼岸に食べるのが牡丹餅 萩が咲く秋の彼岸に食べるのがおはぎ」というタイトルで色々と書きました。諸説あると思うのですが小豆の赤色が邪気を払うとのことで、牡丹餅がお彼岸には欠かせないお菓子になったというのが通説です。つまりお彼岸のお菓子は「あんこの牡丹餅」なのです。


リパブリック讃歌の替え歌

ところで『おはぎの歌』というのがあるのをご存知でしょうか?

「お萩がお嫁に行くときは、あんこと黄な粉でお化粧して、丸いお盆に載せられて着いたところは応接間」というのが一般的な歌詞です。

アメリカ民謡『リパブリック讃歌』のメロディにつけられた替え歌で、振りがつけられたり、ゴム飛び遊びに使われたりと案外有名な歌です。同じメロディの替え歌として『ゴンべさんの赤ちゃんが風邪ひいた』『ビックカメラのCM』『オタマジャクシはカエルの子』などがあるので大体わかっていただけるかと思います。つまり現在では「“お萩は黄な粉とあんこ”が当然」なのです。


薬餌として用いられていたきな粉

黄な粉のお萩は、1271年日蓮上人が処刑されかかったとき、桟敷の尼が最後の供養にと牡丹餅を作ったが、餡が間に合わず黄な粉とゴマで代用して上人に献上したとの説がありますが、これは今では疑問視されています。ただ大豆の粉は奈良時代から食べられていたようなので、かなり以前から黄な粉やゴマのお萩が作られていたのは確かなようです。

ちなみに先ほどの『おはぎの歌』ですが、私が覚えていたのはちょっと違いました。‟応接間”ではなく‟下関”だったのです。覚え間違いかと思っていたのですが、こんな歌があるというのを発見しました。
一番 「お萩がお嫁に行くときはあんこと黄な粉でお化粧して、丸いお盆に載せられて、口の関所を通ります」
二番 「その後お萩は喉通り、今夜はおなかにお宿して明日は腸内一回り、明日はいよいよ下関」。

きな粉は平安時代、薬餌として用いられていたといいます。邪気を払うという小豆や栄養のある黄な粉やゴマを使って美味しいお菓子を作り、先祖に感謝しながら季節の変わり目を乗り切ろうとする、先人たちの深い思いが伝わってくるようです。


ライターJ・K
彼岸島 1-33巻 セット

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