東日本大震災では津波によってご遺体の発見が困難になり、ご遺族の元に帰ることが出来ない方が沢山いらっしゃいました。また、ご自身が死に直面する経験をされた方も少なくありません。そういった背景から、ご自身のこれからの生き方や、自らの葬送について考え改める方が増えました。その中には、世の中に何らかの貢献をして安らいだ気持ちで最期を迎えたい、という気持ちを抱かれ、ご自身の身体を医学の発展の為に捧げようと決心された方もいらっしゃいました。
今回は篤志解剖全国連合会会長である杏林大学医学部教授の松村讓兒さんに話を聞いてきました。
質問:献体が生まれた歴史や背景を教えてください
解剖学実習は医師・歯科医師を目指す者にとって最も大切な教育科目であり、我が国でも西洋医学教育が始まった明治期より行われておりました。しかし、この実習に必要なご遺体は、つい最近までほとんどの大学で不足しており、特に昭和30年~40年代は「医学教育の危機」とさえ言われる状況にありました。
こうした背景の中、医学教育の状況を憂い、自ら献体を申し出られる篤志家の方々が現れ、その精神は次第に全国各地へと広がっていきました。その結果、解剖学実習に供されるご遺体は、それまでの「無縁遺体や行旅死亡人を主体としていた時代」から、「篤志献体の時代」へと発展することになったのです。(因みに「献体」という言葉は、岡山大学の献体団体「ともしび会」の長安亮太郎氏によって、昭和41年頃に創案)
質問:献体ににかかる費用と献体した場合でも葬儀ができるかどうかを教えて下さい
お亡くなりになった旨のご連絡を頂きますと、ご指定の場所(病院、ご自宅、葬祭場など)にお車でお迎えに伺います。この際に発生するご遺体搬送やお棺の費用、献体終了後の火葬費用等につきましては大学が負担します。但し、ご葬儀をされる場合の費用等につきましては御家族のご負担となります。また、ご返骨を希望されない場合、大学の納骨堂にお納めすることも可能ですが、大学によって異なりますので、事前にご確認ください。この場合、納骨に係る費用も大学が負担いたします。
お葬式をして頂くことは可能です。ご連絡頂いた時点でお葬式・お別れ会等のご予定を伺います。(告別式の日程によってはドライアイスなどによる処置をお願いする場合あり)お通夜・告別式をされる場合は式場まで、ご葬儀をされない場合はご指定の場所にお迎えにあがりますのでお申し出下さい。なお、お式の費用は御家族のご負担となります。
質問:献体登録には何が必要ですか?また受け入れていただけないケースはありますか?
もっとも大切なのはご家族の同意です。死後、ご遺族の中にお一人でも反対があると献体は実行されません。
ご家族のいらっしゃらない方の場合、役所(福祉課等)や老人ホーム施設長あるいは後見人の方などに同意者となって頂く場合もあります。また、一部の感染症(クロイツフェルト・ヤコブ病、C型肝炎など)に罹患されている場合は、献体をお断りすることがあります。お断りするケースは大学によっても違いますので、各大学にお問い合わせください。その他、解剖学実習では全身を解剖させて頂くため、献体と臓器提供を同時に行うことはできません。ただし、これも詳細は大学により異なりますので直接お問い合わせください。
※家族とは配偶者、親、子、兄弟姉妹を指します。加えて、ご親族の中でも発言力のある方の同意を得ておいて頂くことも重要。
質問:葬儀費用がかからないからという理由でも受け入れて頂けるのでしょうか?
献体の主旨はあくまでも「よりよい医師・歯科医師を育成するため」ですので、葬儀費用がかからないことを理由にされる献体はお断りしています。
もともと「献体」はご遺骨としてご遺族にお返しすることを前提としておりますので、ご遺体の「お預かり」に関すること以外(葬儀・ご返骨先・墓地など)は費用も含めてご家族内で十分にお話しされておいてください。
質問:献体はどれくらいの期間がかかるのでしょうか?
大学によって違いますが、1~2年程度、長い場合は3年近くかかることがあります。ご遺体を実習に使わせて頂くためには、防腐処理を含めた準備に少なくとも半年程度かかります。
また、大学によって解剖学実習の時期は決まっており、それまでご遺体を保管する必要があります。
このため、ご遺族には、お返しまでの間、お待ち頂くことになります。すべて終わりました時点でご遺族にご連絡を差し上げ、火葬後、ご遺骨をお返しいたします。
質問:解剖とは何をするのでしょうか?
医学・歯学教育の中で、解剖学実習は最も大切な基礎課程です。
率直に申し上げれば、人体のしくみ(臓器や組織の形態、構造と機能、相互の位置関係など)を知るために、全身を切り開いて観察するもので、医学部・歯学部の実習の中でも最も長期間に及びますします。
しかしながら、解剖学実習の主旨は、ただ人の構造を知ることだけではありません。人間が他の生物の命を頂いて生きているように、医学・医療に従事する者はご遺体から知識と知恵と献体者の想いを頂いて生きていく、ということを認識し、感謝の気持ちをもった医療人に育ってもらうことが目的です。
質問:献体として預かって頂いた後は、ご遺体と対面できるのでしょうか?
献体としてお預かりした後は、原則としてご対面はご遠慮頂いております。火葬場でのお立ち会い・拾骨は可能ですが、お顔も解剖されておりますので、火葬前にご覧になることはできません。
質問:学生の解剖以外の用途があると聞きましたが、そういったことも事前に説明して頂けるのでしょうか?
献体登録に際し、解剖学実習に加え、研究・外科研修・医療従事者の解剖学実習などに使わせて頂く可能性があることをご説明し、納得と同意を得たうえで登録して頂いております。
もちろん、お預かりしたご遺体は責任をもって保管されますし、礼節ある対応をすることは法律によっても厳しく定められており、各大学や献体団体では毎年献体をして頂いた方の慰霊祭を行っています。
質問:最後にメッセージを一言頂けますか
献体は医学・歯学の発展と医療人を目指す学生教育のためにあります。その為に少しでも力になれればというお気持ちの方がいらっしゃるようでしたらご検討ください。
ご自分の最後の迎え方を「あとに残る多くの人々の為に」と心に抱くことで、ご自身が心の安らぎや生きる糧を得て頂けるならば、献体そして解剖学に関わる者として嬉しいです。
申込みや問合せの相談先
献体の申し込みは最寄りの医科大学か歯科大学、または献体の会にお問い合わせください。団体や大学によって多少の手続きの形式が違います。