普段の生活のなかで私達は自然と縁起が良い、悪いによってその行動を左右されることがあります。例えば、勝負事の前には「敵に勝つ」ためにビフテキやトンカツを食べたり、霊柩車を見たら手の親指を隠したり、といったようなものです。
詳しいことは後述しますが、これらのように私達が何気なく意識している「縁起」というものは、予想外の由来があるようなのです。
カラスと黒猫
「縁起」とは、仏教用語の因縁生起を略した言葉です。あらゆる現象は、直接の原因である「因」と間接的な原因の「縁」との働きによって生ずるというもので、そこから転じて物事の由来や吉凶に関する事柄などを縁起と呼ぶようになりました。人間の行動と、その幸運不運との間にはまったく科学的な関連はありませんが、この縁起というものを気にかける人も恐らく多いのではないかと思います。ここでは、みなさんが知っている縁起についての有名な事例を挙げ、その由来について述べてみたいと思います。
まず、最初の例として、カラスと黒猫についての「縁起の悪さ」を考えてみましょう。カラスの鳴き方、またはその存在自体に死を連想させる民間信仰は広い地域に存在しています。黒猫にもその姿を目にすると不運があるという伝承が数多くあります。この両者に共通しているのは、その体が黒い色をしているということです。黒という色には、死や不吉な事物を象徴するという位置づけがなされており、それを黒不浄という言い方をするときもあります。
北枕と霊柩車
次に紹介するのは、知らない人はいないのではないかとも思われる、全国的にも有名な「北枕」についてです。
縁起の悪い行いに関して、最も敬遠されている俗信ではないでしょうか。北枕に寝ると、病気になる、早死にするなどといってこれを嫌う人も多いはずです。この北枕が嫌われる理由として、死者を北枕にして寝かせることから不吉な連想をさせるためだと考えられています。そもそも死者を北枕にして寝かせるのは、かつてお釈迦様が入滅した姿を描いた涅槃図が北枕であったことに由来しています。
もう一つの話は、霊柩車を見たら親指を隠すという俗信です。その理由は霊柩車を見ると縁起が悪いため、親が早死にする、親の死に目に会えない、というものが大多数です。この話を知っている人はいるでしょうが、実際に行っている人はどれだけいるのでしょうか。
クリスマスにフライドチキンを食べ、お墓参りも疎かにしてしまうような「信心深い」私でも、町で霊柩車を見かけるととっさに親指を隠してしまいます。それを教え込んだのが当人の親なのですから、偉い親なのかどうか……。話を戻しますと、この霊柩車が使用されたのは大正時代の前半だったそうです。つまり、霊柩車を見たら親指を隠すという俗信はそれ以降のものとなります。ところが、大正8年頃の京都では、「葬式に遭ったら親指を隠さないと親が早死にする」という信仰があったようです。もしかしたら、大正時代以前から「葬式に遭うと親が早死にする」という縁起があり、その葬式という対象が霊柩車にも移ったのかもしれません。
これだけで貴方も親孝行!
長くなりましたが、私達の身の回りには「縁起の悪いモノ」が思ったよりもありふれているのです。みなさんが知らないだけで、実は不幸を招き入れる慣習や事柄が身近な日常に存在しているとしたら怖いと思いませんか?て一笑に付してしまうこともできるでしょう。ただ、そうしてしまうと私達の生活は途端に味気ないものになってしまわないでしょうか。
それを拒否する方法は簡単です。町を歩いていて霊柩車を見かけたら親指を隠す。これだけのことで私達には昔ながらの「縁起」という魔法が宿るでしょう。こんなことで親孝行になるなら安いもんだ、と親不孝な私は思います。どうか、このコラムを読んでくださったみなさんに親御さんがいらっしゃれば、霊柩車を見たらあなたの親指を隠してください。そして最後になりますが私自身はというと、将来の私に子どもができたなら、「霊柩車を見たら親指を隠しなさい、絶対だぞ」と教え込もうと思っています。