私がかつて家庭裁判所で調停委員をしていた時、近い将来の自分の相続に備えて、親子関係不存在の確認を求めて、調停を申し立てた印象に残る事例があった。なおプライバシー保護の観点から、内容は幾分変えてある。
親子関係不存在の申し立てに必要な実質的な利益
親子関係不存在確認の調停を申し立てるには申立人に親子関係の不存在を確定してもらうことについて実質的な利益が存在しなければならない。例えば戸籍を訂正して身分関係を明確にする必要がある場合である。
相続において、子は第1順位の相続人であるから、親子関係の不存在が認められると、その子は申立人の相続人ではなくなってしまい、遺産を相続する権利を失ってしまうことになる。しかし戸籍が不正に作成されていたとすれば、被相続人はこれを訂正し相続人を確定して憂いなくあの世に行きたいと思うはずである。これも終活の一つである。
父も母も本当の父や母でなかった事例
申立人は70代の母で相手方は娘である。父はすでに死亡しており、父と母は娘が幼い頃離婚し、その後母は再婚し子供をもうけていた。母は高齢になり死後の相続のことを考え弁護士に相談し、血縁関係のない戸籍上の娘との親子関係不存在の確認の調停を家庭裁判所に申し立てたのだ。
申立書によると父はある施設から生まれたばかりの女の子をもらい、不正に夫婦の実子として届け出て、受理されてしまった。
申立人の話では娘の本当の父は外国からの留学生で母は日本人であったが、留学生は帰国してしまい、娘の実母は一人では育てられないとして、施設に娘を預けたとのことである。
DNA鑑定をして親子関係が否認された
相手方の娘は突然音信不通だった母からの申し立てに驚いたことだろう。渋々調停に現れた娘は大きな目のエキゾチックな顔立ちで、戸籍をみると名前を和風の名前から実父の国風の名前に改名していたので、自分の父母が本当の父母ではないことは認識していたのだろう。
娘の話では自分が預けられた施設のことを聞き訪ねて行ったが、年月が経ち記録が残っていないと言われて事実関係は不明であったとのことである。双方の話を聞いても娘が申立人の実子でないということは状況証拠だけで、血縁関係がないという確実な科学的証拠がない。そこで親子関係がないことを証明する手段としてDNA鑑定をすることにした。
DNA鑑定では親子関係が否認され、娘も事情は分かっていたので納得し、双方親子関係が存在しないことに合意し、その合意に基づき合意に相当する審判(23条審判)がなされた。この審判に異議の申し立てがなければ審判は確定し、戸籍を変更できる。娘は実の両親を知ることができず、ここで戸籍上の母との縁も切れ、その気の毒な境遇に同情を禁じえなかった。
父は本当の父であったが母は戸籍上の母であった事例
申立人の母70代で相手方の娘(戸籍上の子)は40代であった。申立人は代理人に弁護士を立て、娘を相手方に親子関係不存在の確認の調停を申し立てた。
理由は上記の例と同じで、申立人が高齢になり相続発生までに相続人を確定しておくためであった。申立人は結婚していて子供も数人いたが、夫はよその女性と関係を持ち生まれたのが相手方であった。生まれた子供は何らかの不正な方法で夫婦の子供として届けられ受理されてしまった。そして相手方は産みの母に育てられた。その後夫婦は離婚し、夫は娘の実母と正式に結婚して娘は二人に育てられた。本件は当事者が全員生存しており、事実関係に争いは無く合意による審判がなされ、申立人と相手方の親子関係はなくなった。
しかし相手方は次に実母を戸籍上も母にする必要があるので、実母との間で、今度は親子関係存在の確認の審判を受け名実ともに親子となった。