そろそろ夏の香りが漂ってくるころだ。古き良き日本の習慣とも言うべきか、ふんわりと懐かしいにおいがする。花火、海水浴や盆踊り、暑さとともに目まぐるしく過ぎていく夏の日々。振り返ればその思い出の数々は太陽のようにまぶしく、様々な香りとともに記憶に焼きついていく。夏の香りに代表されるのが、お盆の時期のお線香だろう。お線香と聞けば仏事用というイメージが強いが、実はお香を焚くことには様々な意味や効果がある。お盆を前に、もう一度お香を焚くことの意味を考えようと思う。
ご先祖様をお迎えするための香りのひと手間
先日友人宅に招かれた際、ドアが開いたと同時にフリージアのやわらかい香りが迎えてくれた。その香りのもとは、洋風の居間に合うように、現代風にアレンジされたお仏壇に置かれた香皿に、故人が好きだったというフリージアの香りのお線香。なんとなく不思議な感覚を覚えたが、そもそも、お線香をあげるという行いには、その煙がご先祖様の食事となり、またその香りは供える人の身と心を清めるという役割がある。
穢れを払い、手を合わせ、遠いご先祖様に思いを馳せ、感謝の心を持つことは何よりの供養となる。宗派によって、作法の違いはあるようだが、仏事における香りのルールは特にはない。ご先祖様、もしくは自分に近しい故人のためを思うなら、好物だったものをお線香にのせてお迎えすることは何ら不思議なことではないかもしれない。
香りが取り持つご先祖様との繋がり
先に述べたように、ご先祖様の食事になることや自身の穢れを落とすことなどがあるが、もう一つ、香りには形がなく、四方八方に広がり、どんな人も同じように香りを感じられるという特性から、その香りを通じてご先祖様と繋がり対話する役割があるとされている。特にお盆の時期にはご先祖様が浄土から戻ってくることもあり、普段よりお線香をあげる意味合いも強くなる。
本数やあげ方は宗派によって実に様々であり、その一つ一つに深い意味が込められている。一度、自分の宗派がどのような意味を持ち、その作法を決めているのかを知るのも、ご先祖様をより近くに感じられるきっかけになるだろう。
香りが積み上げてきた歴史
もともと、「香」は飛鳥時代に仏教とともに日本に伝えられたとされる。その飛鳥時代には仏事色の強い「供香」、平安時代には貴族の間で趣味的に盛んになった「移香」、室町時代には武士の間で広まった「聞香」、江戸時代には芸術として確立された「香道」、と現代に展開されている香り文化だが、そのルーツはインドにある。
仏教発祥の地とされるインドでは、供養の基本はお香を焚く、燈明をあげる、飲食(おんじき)を捧げることにある。インドの暑い気候が遺体の腐敗を早める原因になることから、遺体から発するにおいを消す役割も兼ねている。日本に渡ったあと、日本人の美徳とされている「控え目さ」や「思い遣りの心」がちょうどいい塩梅で日本独自の文化として確立されたと考えられる。今日、香りはリラックスや疲労回復、印象を強めることや記憶を振り起こすことなどが、科学的にも実証されている。
ご先祖様のためだけではない香りのお努め
お香のもととなる香木は、何百年も自然の中で傷つきながらも育ってきた。時には過酷、時には寛容な環境を生き抜いてきたその様は、人としての生き様にも共通する。間もなくやってくるお盆、いつもとは違った心持でお香を焚き、香りをくゆらせ、過去を顧み、我を省み、様々な思いとともに享受することで、この壮大な歴史の一瞬に自分がいることを実感する。そして、改めて礼節を尽くすことの意味を深く理解し、その心が自生することで、人生に深みが増すだろう。