貴方がこの先葬儀に参列した際、故人の枕元で金屏風が逆さまになっていても「逆さになってますよ」と注意してはいけない。ちなみに筆者はこれを友人の葬儀でやった為に人生で初めて遺族から白い目で見られるという体験をしている。
この逆さ屏風は全国的によく見られる風習であるが、謂れは様々ある。真逆の世界であるあの世とこの世を表すためや、死という異常事態を切り離す呪いの様な役割をしていた等由来の真偽は定かではないが、地方によりちがうようだ。この様な葬儀で反対の事を行う風習を「逆さ事」という。
逆さ水 逆さ柄 逆さ布団 逆さ着物
故人には納棺前に現世の汚れを清めるために、湯灌(ゆかん)が行われる。身体を洗い清める為にぬるま湯を作るのだが、この時に行われる逆さ事は「逆さ水」という。通常ぬるま湯はお湯に水を足していくのだが、湯灌は水にお湯を足していく。日常と逆の方法をとる習わしだが、その昔は湯灌に使う水を汲む時も川下に向かって柄杓で水をすくう「逆さ柄」というやり方をしていたそうだ。
また、逆さ布団といい、故人の寝る布団の天地を逆にしたり着物の合わせ紐を縦結びにしたりといった風習もある。
筆者がとりわけ驚いた逆さ事がある。「逆さ着物」といって故人の衣装の襟元を足元の方に逆さまにし、遺体に被せるのだが生前愛用していた服等も逆さにして納めるという。ちなみに高知県では紋付の羽織を後ろ前逆さにして故人に着せ、納棺をする風習があり、香川県では納棺した故人に襷を逆にかけるというしきたりが今も残っているという。
終わりに…
筆者の実家ではお正月に女性は着物を着る決め事があった為、幼い頃から着付けを習っていた。まだ着付けが覚えられない時に母や祖母からこっ酷く叱られた覚えがあるのは襟の合わせを逆にしてしまった事だ。
「死人の衣装だからやめなさい!縁起でもない!」と帯をぐいぐい解かれて泣きながら直していた。
今にして思えばこれも一種の逆さ事であるが、日本人の死に対する思いは本当に細かいところまで現れている。
かつてカナダ留学生の友人が大学で日本の葬儀のしきたりやマナーをレポートしていた事があったが「日本人はすごい!これ全部しきたりでしょう?私の外付けハードディスクがパンク寸前よ!」と感嘆のため息を漏らしていた。そんなしきたりの多い日本で生活をしている私達は、世界各国に通用する礼儀・作法を日常から学んでおり、スペシャリストと言っても過言ではないだろう。現在、新しい礼儀が日々社会の中生まれて来ているのも、我々のスキルアップとなり、私自身も身につけ続けたいと思う。