親戚が亡くなった時、「若くて暇な人が助っ人に行くべき」みたいな流れがあったせいか(別にヒマではなかったのだが)、通夜の準備の手伝いをしたことがある。厨房に入るとすでに、数名のおばちゃんたちが忙しく立ち働いていた。「何をお手伝いすればよいでしょうか?」と近くにいた顔見知りに尋ねると、「おむすび用のご飯が足りないと思うので、炊いてちょうだい。炊き上がったら急いでおむすびにして」と言われた。
遠方からの参列者が宿泊するための布団を準備
ご飯が炊けるまでの間、遠方から来るため家に泊めなければならない親族の人数を把握し、それに見合った数の布団があるかどうか確認する作業を仰せつかった。これが、大変な作業で、家じゅうの押し入れから、敷布団、毛布、シーツ、枕などを引っ張り出して並べただけでくたくたになってしまった。しかも、押し入れから久しく出されなかった寝具はしっとり湿っていて、ホコリっぽくてカビ臭い。たちまちハウスダストにやられて、くしゃみが止まらなくなった。
布団が足りない。どうしたものかと思案しているとご飯が炊きあがった。
宿泊予定人数は5名。全員男性で親戚だったから部屋割りを気にする必要はなかったのだが、困ったことに、布団は4組そろったが、あと1人分の敷布団と掛布団が足りない。「敷」の方はスポンジマットレスで代用してもらうにしても、掛布団をどうしようと思案していると「ご飯が炊けた」と誰かが連絡に来た。居間は弔問の人がひっきりなしに来られていて、故人が安置されている布団の前にお線香やお花を供えている。葬儀は本当に大ごとなのだと実感。
おばちゃんから教わった葬儀の風習
急いで厨房に戻り、おにぎりを握り始めたのだがすぐに顔見知りのおばちゃんに背後からダメだしされた。「葬儀の際の炊き出しは、茶飯(醤油で色を付けたごはん)と決まっているんです」と。おでんに茶飯というのは関東では普通の組み合わせだ。しかし、葬儀で茶飯というのは聞いたことがなかったので、普通に白いご飯を炊いてしまったのだ。謝ったけれど今更どうしようもないので、おにぎりにして海苔で包み始めた。そうしたら、またダメだし。海苔はおめでたい時に使うもので、弔事では使わないのだとか。「えー、でもお通夜でカッパ巻きや太巻きに海苔を使っているのでは?」と思ったけれど、反抗せず黙ってそのまま白い飯に塩を振って塩むすびにした。
地域で異なる葬儀の風習
この一件のあと、葬儀に茶飯とか、海苔は弔事には使わないといった風習がどの地域のものなのかを調べてみたのだが、今まで判然とした答えを見出すことができないでいる。ローカルルール中のローカルルールなのだろうか?しかし、調べていくうちに、葬儀のご飯に関して面白い風習がいくつか存在していることがわかった。例えば、東北の山間部や新潟、長野の一部では、葬式に赤飯を出す習慣があるそうだ。長く生きて来られてお疲れ様。仏の一人となられて浄土でゆったりお過ごしくださいという願いが込められているという。
昔はお清めのお食事は精進料理だったが、現代のそれは、必ずしもそうではない。刺身や肉類の入った揚げ物なども供されて、全国的に画一的になっているような印象を持つ。一方、地域によって異なる葬儀の古くからの風習や昔ながらのお清めに込められた先人たちの願いには、様々なものがあったのだろうと想像される。
布団が足りなかったのは故人に使用していたためだったが…
掛布団が足りなかったのはご遺体にかけてあったからだということに、納棺後に気づいた。宿泊客全員にはめでたく、掛・敷布団を使って暖かくぐっすりお休みいただいた。どうしてかは、ご想像にお任せする。