臨終、つまり医学的な人の死亡は、心停止と瞳孔が拡大し光を当てても収縮しないことを医師が確認して診断するのが普通だろう。医学的に死亡宣告された人の脳波を測定した研究結果がちょっと話題になっている。この論文はカナダの神経科学雑誌に2017年3月に発表されたものだ。生命維持装置を外した後、医師による死亡宣告を受けた人の脳がどれくらい脳波を出し続けるか、そしてどんな脳波が出ているのかを調べた研究である。たったの4症例とサンプル数が小さいゆえに予備的な研究結果として発表されたものだが、興味深い。
死後、10分以上計測された脳波
4人の脳波にはばらつきがあり、3名の脳波はその心拍などがフラットになる前に脳波がは消失したのだが、ひとりの脳波は死亡宣告の10分以上計測され続けたという。その間、活発に活動するときに出るβ波やγ波、そして覚醒していてもリラックスしているときに出やすいα波は徐々に低下し、その代わりに高いレベルのδ波が記録されたのである。δ波は深いこん睡の時に出る脳波であり、θ波と並んで、眠りの脳波なのである。じつは、δ波は新生児の深い眠りの時に多くあらわれる脳波である。
心停止後に息を吹き返した人たちは、その間どんな感覚を味わっていたのだろうか
死亡宣告を受けたものの数分から数十分後に生き返った人達が、死んでいたとされた時間にどんな感覚世界を味わったのかといった後日談を世界各国のウェブサイトから集めてみると、「医師が死亡宣告をしたのは聞こえていた」「両親がベッドサイドで泣いていた」「看護スタッフが機器の音をさせながら忙しく動き回っていた」と言っている人がかなりいるようだ。つまり、医学的な死亡宣告後も、周囲の様子などの情報の一部は「死んだ」人の脳にも届いている可能性があるようだ。
また、心停止後、「まず触覚が失われ、それからだんだん音が聞こえなくなり、最後に周囲がホワイトアウトするように見えなくなる」と述べている人や、「全体が昔のテレビのように徐々にフェイドアウトしていった」という人もいる。これらの人々は、強心剤の注射や心臓マッサージで生き返るのであるが、多くの人がいきなり現実に引き戻されるように覚醒すると述べていた。
もしもこれが本当だとしたら…
これらの結果やエピソードからすると、身体的には死亡とされた人も、亡くなってからしばらくは人としての脳の活動が続く可能性を否定できない。まだ断片的な研究が始まったばかりの現時点でも、私たちはその可能性を無視せずに、人の死と向き合うのがよいのではないだろうか。脳が活動停止するまでの数分間は、亡くなった方に感謝の気持ちを伝えたり、安心してもらったりするための最後の貴重な数分間なのかもしれない。
最後に…
この研究のサンプル数が少ないため、このような現象がどれくらいの頻度で起こるのかという結論は出せないが、一例でもこのような結果が得られたことは重要な意味を持つようになるかもしれない。この方面の研究が進んで臨終後の人の脳の活動や機能がより詳しく調査され、身体的な死と脳の活動には時間的なずれが生じることがあり、何らかの情報を脳が受け取っていることが証明されれば、人の死に関する現行の医学的および倫理的な考え方や配慮のあり方を大きく変えるきっかけになるだろう。