「お父さんが早くに死んで、しばらく姑さんと暮らしたの。嫌味を言われるとよくお仏壇に向かってね、お鈴をカンカン叩いたの。お父さん、お父さんって泣きながらよ」と介護施設に勤めていた頃にとある利用者から何度も聞かされていた。
当時はただ語られる言葉に頷いていただけだったが、改めて思い出すとカンカンカンカン響いてくる。ご自身の夫なのか父親なのか、詳しい話は聞けなかったが「お父さん」も大変だろう。
現世の礼儀礼節を受け継ぐお鈴の使い方
しかしながら現世に生きる立場からすると、あちら側の住人を訪ねるには、おりんを鳴らすのが妥当な気もしてくる。
扉の前に向かい、居住まいを正して、来訪を告げる。日常生活で「普通」だと思うことを、お仏壇の前でもしてしまうのだ。確かにおりんは合図でもある。本来は読経の始まりや区切り、合掌のタイミングや終了を伝えるものとして禅宗で使われたのが、他の宗派や一般家庭に伝わったと言われている。それがいつの間に「これから、あなたのために手を合わせます」という合図に変わったのか。
リズムや音程を整える役割もあるお鈴
ところで、おりんには読経のリズムや音程を合わせる用途もあるという。リズムはともかく、お経にも音程があったとは意外な発見だ。考えてみれば、極端に甲高い声でシャウトしたりラップのようなお経など聴いたことがないので、やはり何かしらの基準はあるのだろう。
読経にも巧い下手があるというが、素人にとっては誰が唱えても違いがよく分からない。いや、違う。「誰が唱えても」ある程度同じレベルを保てるようにできているのではないか。ふと思いついて動画サイトを開いた。
癒やし効果もあるとされているお鈴、singing bowl
案の定、簡単におりんの音色を聴かせる動画が見つかった。それも仏具店の宣伝はもちろん、お寺の住職が鳴らし方を教えてくれるもの、海外からの投稿まで様々だ。早速ひとつを選んでみる。黒い背景に金色のおりんが映るシンプルな画面。叩かれる音を探り、ようやく合った音程を唸ってみる。余韻は思ったより長い。なるほど、この響きに合わせれば唱えやすいのか。しかしこれが想像以上にきつい。たかが一分程度なのに、しかも小声でも既に息苦しく腹筋も疲れる。毎日続けていれば健康にも良さそうだが。
ちなみに海外ではsinging bowlと表記されていたが、「シンギング・ボウル」といえば仏具としての用途に限らない。音の持つ周波数にヒーリング効果があるとして、ヨガの瞑想や音楽療法に使われたり、他の楽器や歌を交えての演奏会など、日本でも楽器のように扱われている。シンギング・ボウルの響きが聴く者の体内にある水分に反応して、ゆらぎ、深い安らぎと清めの効果があるともいう。
最後に…
広義のシンギング・ボウル、仏具としてのおりんの音色もまた、鳴らす者の心を表すと言われている。しかもその響きは極楽浄土に伝えるものとして無闇に鳴らしてはいけないという。玄関チャイムよろしく連打しても極楽はやってこないようだ。自分を抑えて、こちらから深い余韻に心を合わせるのか。生きることは難しい。