雪の日に札幌の中心街を歩く人はだいたい観光客だ。でなければ何か理由があるのだろう。わざわざ寒さに震えながら地上を行かねばならない理由が。市民はどうするのかといえば、地下に潜るのである。
地下街の発達した札幌は、JR駅から大通、繁華街ススキノまでなら雪にも寒さにも当たらずに行くことができる。大きなビルや商業施設とも繋がっていたりと便利なものだ。
花が与えるイメージも人それぞれ、国それぞれ
地下では時々、道内の農家や個人によるバザーなどが開かれている。
ある日「あなたの香りを作ります」といった触れ込みにつられ、出張販売に来ていたアロマショップで練り香水を買った。好きなアロマオイルを3種類選び、用意されたワセリンに混ぜ込んでもらうのだが、種類が沢山あって選べない。迷った末に勧められた香りの一つが「フランジパニ」だった。甘い香りに満足して帰ったものの、どんな花か訊くのを忘れた。
世界の常識と日本の非常識
フランジパニとは、パナマやバリなど南国に咲くインドソケイを指す。ハワイでは首にかけるレイに使われる、白やピンクの花。プルメリアの別名があり、花言葉は「気品」。
ハワイでは寺院や墓地によく植えられ、死者に贈る花でもある……と、後に検索して分かった。陽光を受けて広がる甘い香りとリゾート気分は、事情を知らない日本人の勝手なイメージでしかなかったのだ。お国が変われば墓前に供える花も変わる。
国によって異なる「死を連想させる花」
何かで読んだ記憶でしかないが、往年のハリウッド女優でもあったモナコのグレース・ケリー元公妃は、王室に菊の花束を持参して恥をかいたことがあるらしい。菊、日本でこそ「御仏前」のイメージが強い花だが、彼女が嫁いだモナコ公国でも同様だという。ただし向こうでは切り花だけでなく、鉢植えを置いたり、墓の周りに植えることもあるようだ。
対してグレースの祖国アメリカでは、白いカーネーションや百合が墓前に供える花として知られるが、特に決まりはないという。多民族国家だからこそ、故人が好きだった花なら良しとする考えが主流のようだ。日本ではトゲがあると避けられる薔薇もよく好まれている。菊は菊である以上の意味を持たない。
マナー違反ではあるかもしれないが、本当に重要な事はなんだろうか。
文化の違いと言えばそれまでだ。しかし元女優として多くの人目にさらされ、さらに異国の王室に嫁いだグレースのプレッシャーを想像すると、花束を持つ手も震えそうになる。しかも手渡した花は「非常識」と捨てられるのだ。このエピソードを思い出すとき、マナーとは一体誰のためにあるのかを考えてしまう。
王室のように特別な環境でなくとも、つい花束の中身やくれた相手を値踏みしたり、花を手向ける死者のことを忘れてしまったりする。本当に必要なものは何だろうか。現在、モナコにあるグレースの墓には彼女のために作られた薔薇も供えられている。「プリンセス・ド・モナコ」、白地にピンクの縁取りが上品な大輪の花だ。香りは少ない品種というが、そういえば香りが記憶を呼び覚ます効果は万国共通のものだ。薔薇の香り、南国に咲くフランジパニの甘い香り、線香やお堂の匂い。深呼吸して色々なことを尋ねてみたいと思う。