資料請求
心に残る家族葬のロゴ
追加費用不要の葬儀

心に残る家族葬トップ > 葬儀のコラム > どんな人であろうと最後に乗る車は霊柩車 霊柩車の歴史と今

このエントリーをはてなブックマークに追加

どんな人であろうと最後に乗る車は霊柩車 霊柩車の歴史と今

有名人、社長、一般人、どんな人であろうとも、この世で最後に乗る車は霊柩車だろう。とは言え、葬儀の多様化により霊柩車の需要は変化して来ている。昭和の時代「霊柩車」の代名詞であった豪華な宮型霊柩車は、ほとんど絶滅の危機に瀕しているのだ。子供の頃「霊柩車を見たら親指を隠せ」と言わるほど怖い存在だった宮型霊柩車。しかし、今、冷静に見ると、これほど個性のある車は世界中探してもそうは見つからないだろう。たとえ完全に絶滅したとしても、日本文化史において価値ある存在になる事は間違いない。今回は、そんな宮型霊柩車ついて考えてみたい。


人力で運ばれていた遺体はやがてトラックが代わり、次第に宮型霊柩車に進化していった

自動車が普及する以前の日本では、葬儀の際、ご遺体は人力で運ばれていた。時代劇でよく見る駕籠、肩で担ぐ輿、屋根付きの大八車など、その形態は様々であったが、輿と大八車の屋根には既に唐破風の装飾が施されており、これが後の宮型霊柩車の原点となっている。

明治後半になると、トラックの荷台に輿を乗せて運ぶようになり、その後トラックが外国の高級車となって輿と合体し、現在の宮型霊柩車の原型が出来上がった。

こうして日本の葬儀文化に定着した宮型霊柩車だが、その形に決まりはなく、お客様の要望に応えて作られたため、それぞれの地域性により独自の進化を遂げて行く。


地域によって異なる宮型霊柩車の種類

宮型霊柩車は、主に関東型、関西型、名古屋型、北陸型に分類される。

関東型は白木を使用した比較的地味なタイプ。そのため関東のみならず日本各地で利用された。関西型も白木だが、こちらは表面に塗装がなく装飾もシンプルで、白木の素材そのものを生かしていてとても美しい。名古屋型は黒檀を使用した伝統的な形。細かい彫刻が特徴で屋根は銅板葺き。金沢型は最も華やかで巨大なタイプ。黒檀、紫檀、金箔、漆など、様々な装飾が施され、車はクライスラーが使用されているものもある。これも加賀百万石の国民性の表れだろうか。


宮型霊柩車の衰退

ここまで日本全国で栄華を誇った宮型霊柩車だが、最近、全く姿を見かけなくなったのはなぜだろう。その理由は主に以下の通りである。

(1)最近では葬儀が自宅ではなく火葬場が隣接するセレモニーホールなどで行われる事が多く、霊柩車でご遺体を運ぶ必要がなくなって来た。
(2)豪華な宮型霊柩車は目立つため、頻繁に目にしなければならない火葬場近隣の住民から「不吉だ」と言った苦情が上がり、宮型霊柩車の乗り入れを禁止にする火葬場が増えた。
(3)家族葬などのこじんまりとした葬儀が好まれるようになり、多額の費用がかかる宮型霊柩車が利用されなくなった。
(4)宮型霊柩車の製造は高額であり、また、その維持管理にも費用がかかるため、所有する葬儀会社が減って来た。

昨年、大阪の霊柩車製造会社の老舗「セガワ」が倒産した事が、この現状を象徴している。


宮型霊柩車は今後どうなっていくのだろうか

子供の頃、宮型霊柩車を見るたび必死になって親指を隠していた世代の人間にとって、宮型霊柩車が消えて行く事は、どこか少し寂しい。そんな言い伝えを信じていた日本人の純粋さまでも失われてしまうような気がするからだ。

宮型霊柩車には日本の葬儀史における価値だけでなく、職人技による芸術的価値も充分にある。せめて、どこかの博物館で展示され、後の世にその歴史的価値が伝わる事を願っている。


ライター岡倉
遺体運搬用ストレッチャー(遺体冷蔵庫対応)

遺体運搬用ストレッチャー(遺体冷蔵庫対応)

このページのトップへ